「CANDY」
透明なビニール袋に粗目砂糖をまぶした大玉の飴をイルカはいつも持ち歩いている。
ちょっとした時に役立つのだ。
例えば子供達がけんかしたとき。
喧嘩両成敗、と。
イルカは両方に雷を落としておいて、最後には両方の口に飴玉を放り込んで家に帰す。
けんかをして泣いて。イルカに大目玉を食らって泣いて。
でも最後には仲直りをして手を繋いで帰る子供達を見ると、本質的に子供というものは今も昔も変わらないのだとイルカは目を細める。
そして、今も目の前にはぶすくれた子供が一人。
「ほら、あーん」
「・・・俺は甘いものは嫌いです」
ぶすくれた図体のでかい銀髪の子供はイルカのアパートのドアの前に膝を抱えて座り込んでいた。
目の前に差し出された飴玉からぷいとカカシは顔を背ける。
「カカシ先生。機嫌直してくださいよ。急な仕事が入って今まで抜ける事が出来なかったんですよ」
イルカがしつこく飴玉を口元に差し出すと、カカシはぷいと逆に顔を背けた。
「べつにおれはおこっていないです。おれなんかとのやくそくよりもしごとをゆうせんするのがとうぜんです」
えらい棒読みでカカシは一息に言った。
「また今度。あの店、予約を入れましょう。楽しみにしてますね」
「だって、もう。筍の刺身とか。旬の今しか食べられなかったんですよ。今度はもう、イルカ先生に食べさせてあげられないんです」
カカシはそっぽを向いたまま、イルカの方を見ようとはしない。
イルカはカカシの目線にあわせて腰を落とす。
「俺はあなたと一緒に食べるんなら、なんだって美味いですよ」
「でもね。イルカ先生。筍の刺身なんか食べた事無いって言うから」
どんなに喜んでくれるだろうかと、とても楽しみにしていたのだと。
俯くカカシの頭をイルカはわしわしと撫でてやった。
「そんなに俺の事を考えててくれたんですね。ありがとうございます」
「・・・もう、いいですけど」
スキンシップに弱いこの子供は、やっと機嫌を直したらしい。
やれやれと。
イルカはカカシに差し出していた飴玉を口の中に放りこんだ。
「あ」
「え?」
「それ、ちょうだい」
「甘いもの、嫌いなんでしょう?」
不思議そうな顔をしながらイルカはビニール袋からもう一つ飴を取り出そうとする。
「ちがう、ちがう。それ、ください」
大きな飴玉によってポコリと丸く膨れたイルカの頬をカカシは突付いた。
まったく。この子供ときたら。
「仕方がないですねぇ」
粗目砂糖が溶けて滑らかな球体になった飴玉がつるりと、イルカの口からカカシの口に移る。
だってねえ。
俺はあなたのものなら、本当は。
なんだって。心も身体も時間も何もかもが。
全てが欲しいんです。
「でも、我慢してるんです。褒めて」
「はい。偉い、偉い」
手を引いてカカシを立たせる。
甘いと文句を言い始めたカカシを宥めながら、イルカはやっと自分の部屋に入った。
今の子供にも、昔の子供にも。
飴玉は十分に効くのだ。
「抜けている人」
これほどにうっかりしていていいのかと心配になるほどに里に居る間のカカシさんはなんと言うか、抜けている。
例えば、部下達との初顔見せの時は思いっきり黒板消しを頭で受け止めた。
そこらの下忍だってそれくらい避ける事ができるだろう。
ナルトからその話を聞いたとき俺は自分の可愛い生徒達をこんな古典的な悪戯に引っ掛かるような人に預けて大丈夫なのかと胃がシクシク痛んだものだ。
ナルトから聞いた話が固定観念となってしまったのか、カカシさんと始めて会った時もその胡散臭い風貌と姿勢の悪さが災いしてかとても高名なトップクラスの上忍とは思えなかった。
俺はなんだかそんなカカシさんが心配で心配で、階級の垣根もものともせずに食事や酒に誘っては子供達のアカデミーでの情報を伝えたり、逆に今の修行の様子を聞いたり、頻繁に接触していた。
それが、どうしたわけか。
気付けばカカシさんと俺は恋人同士になっていた。
思い起こしてみると何がきっかけだったのかわからない。
いつの間にかカカシさんが俺の部屋に居付いてしまって、初めてのセックスは俺が泥酔して帰った時になし崩しにやられたような気がする。
どうしたって合意の上ではないセックスに、意識が戻った俺は呆然としていたのだけれど。
今日から俺達恋人同士ですね、なんて整った顔でニッコリ微笑まれてしまい、俺は思わずよろしくお願いします、なんて頭を下げてしまっていた。
俺は最初思った。
この人はきっと天然なんだ。どっか抜けた人なんだ。
だから常識も通じないし一風変わっているんだ、と。
しかし、上忍師になってからもカカシさんは時々はAランクやSランクの任務をこなしていて、その任務の成功率は100%を誇っている。
考えてみれば本当に抜けている人間がエリート上忍になれる訳無いんだよな。
だから、幾ら里でボーっとしていても、任務になればスイッチが入れ替わるんだろうなあ。
ナルトに突然タックルされて尻餅をついたり、サクラに振り向きざま頬を人さし指で突かれたり、里でのカカシ先生はやっぱり一見すると抜けている。
だけど、ナルトが繰り出す『千年殺し』なんかは必ずかわす。
観察していくうちに、なんだかカカシ先生はわざと避けていないんじゃないかと俺は思い始めた。
他愛の無い悪戯など別に食らっても痛くも痒くもない、と言うことだろうか。
ナルトなんかはそんなカカシ先生の様子に油断して調子に乗った所を修行の中でこてんぱんにされて心身ともに叩きのめされているのだそうだ。
すぐに調子に乗るナルトには効果的な指導方法かもしれない。
サスケが言うには修行中のカカシさんには真剣に攻撃を仕掛けても少しもかすりもしないのだそうだ。
カカシさんの里での抜けている素振りは7班の子供達を油断させる作戦なんだな。
それで油断して気が緩んだ所にビシッと厳しい指導が入るんだな。
さすがはエリート上忍。
俺のような単純で真っ直ぐな教育法とは一味違う。
「ただーいま」
「カカシさん、おかえりなさい!」
カカシさんが俺の腰に後から抱きついてきたので俺は振り向きざまコンロの上に置いてあったフライパンを振り下ろしてみた。
『うふふ、イルカ先生、そうはいかないぞー』
と、ひらりとかわすカカシさん。
『あはは、さすがは俺のカカシさん!やっぱりあなたは里の誉れです!』
カカシさんに抱きつく俺。
なんてシーンを思い描いていたのだが、実際俺の目に写ったのはゴーンと鈍い音が反響する中で頭を押さえながら台所の床に蹲るカカシさんの姿だった。
「カカシさん!何で避けないんですか!!」
「イルカ先生、何で殴るんですか〜・・・・」
カカシさんの抱く疑問の方が筋が通っている。
とりあえずカカシさんの頭にデカイたんこぶが出来るのは間違いない。
俺は冷凍庫から氷を取り出して氷嚢に詰め込み、それをそっとカカシさんの頭の天辺に乗せた。
「イルカ先生、非道い・・・」
カカシ先生の青い右目からはぽろぽろ涙が零れている。
生理的に体がビックリしちゃったんだな。
「カカシさん。すいません」
カカシさんの目線に合わせてしゃがみ込んで俺はごしごしカカシさんの濡れた右頬を拭ってやった。
「でも上忍なんだし。絶対避けられると思ったんですよ」
「それは、無理」
驚くほどはっきりとカカシさんは言い切った。
「だってイルカ先生。全然殺気が無いんだもん。俺ねえ、敵からの攻撃は必ず避ける事が出来ます。でもイルカ先生がじゃれ付いたりふざけて仕掛けてくる事は絶対避けられない。身体が反応しないんだよねー。危険だと身体が認知しないの」
クスン、とカカシ先生はかわいく鼻を啜り上げた。
そういう事だったのか。
だから子供達の悪戯もかわす事が出来ないんだなあ。
「でもナルトの千年殺しは避けられるじゃないですか」
「あれはナルトの黒い喜びが伝わってくるから」
千年殺しは仕掛ける相手の邪な心が伝わるものらしい・・・・。
「あの、本当にごめんなさい」
頭は撫でてあげられないので氷嚢を片手でカカシさんの頭上に吊り下げながらへたり込んだままのカカシさんをぎゅうと抱きしめる。
涙に鼻水が呼ばれたのか、カカシさんは俺の肩口に鼻を突っ込んでずっとグスグスさせている。
エリート上忍を泣かせるなんてすごい事をしてしまった。
「子供達の悪戯をかわせない時ってどんな気持ちなんですか」
「・・・・単純に悔しいです」
・・・悔しかったんだ。ははは、可愛いなあ。
飄々としてるから何とも思ってないのかと思った。
「えーと、僭越ながら。里に居る間は俺が守ってあげますね」
悪餓鬼どものしょーもない悪戯の数々から俺はカカシさんを守ってやる事に決めた。
「お世話になります」
カカシさんはまた思いっきり鼻を啜り上げた。
抜けているけれど、それを補って余りある素晴らしい所があるから。
この人はこれでいいんだな。
完璧な人だったら俺が傍に居る意味無いし。
「飯、作っちゃいますから居間で待っててくださいね〜」
「はーい」
カカシさんは自分で氷嚢を頭上に掲げて居間に入っていった。
俺から与えられた酷い仕打ちを綺麗さっぱり忘れているあたり、やっぱり抜けているけれど。
カカシさんはこれで良いんだ。
カカシさんが抜けていて良かったなあと、俺はしみじみ思った。