12月31日 深夜


『イルカ先生、神様の家きれいにしてきた』
ナルトが居間の神棚を掃除して戻ってきた。
大掃除といかないまでも、二人で手分けして最低限の掃除を済ませる。
ナルトのカオスと化した部屋は、掃除は年明けに持ち越してしまったが。
『ん、そうか。じゃあ、後は全員そろったら飯にするか』
普段は質素な食卓の我が家も、さすがに大晦日くらいはそれなりの物を用意する。
それに今年はナルトに加えてもう一人年越しに参加する人間が増えた。
大晦日の前のクリスマスも、あの人はナルト以上に張り切っていたのだが、無情にも急を要する任務が入ってしまった。
任務の期間は一週間前後。

絶対に大晦日には帰ってくるから

入念に計画と準備を進めていたクリスマスすら楽しめず、下手をしたら年越しは厳寒の地で迎えることになるかもしれない。
まあ、忍であるからには季節の行事を楽しむなど贅沢なことなのだが。

誰かと一緒に年を越したことなんて、思い返す限りないなぁ。

なんて、あの人は鼻の奥がつんとするような切ない事を云うので。
願いを込めて三人分の食事を用意した。
どうか今年はあの人が一人きりで暮れの夜を過ごすことがありませんように。
願うことしか出来ない自分は、なんて無力なんだろうか。
『姉ちゃん、遅いな』
気が付けば時計は9時を回ってしまった。
『ナルト、腹減ったろ。先に食べてしまっていいぞ』
ナルトは首を思い切り左右に振る。
『待ってるってば』
と、いいつつも、ナルトが空腹をこらえているのはよくわかる。
でも、こうと決めたらナルトは梃子でも動かない。
『きっと姉ちゃんもまだ飯食ってないってば』
『ナルト、さんの任務は長引いてしまっているかもしれない』
『でも、姉ちゃんと約束した』
大晦日には必ず帰ってくるからと、あの人は何度も繰り返し俺とナルトに言った。
俺はそっとため息を付く。
出来れば間に合うように帰ってきてほしいけれど。
怪我などせずに無事に帰ってきてくれれば、年明けになろうが、それでいい。
『大門まで、迎えにいってみるか?』
『うん』
ナルトを納得させるためだけに、俺はナルトと里の大門へ向かった。
隠れ里といえど開放的な気質の木の葉の里は、国籍も文化も異なる雑多な人間が入り乱れていて、クリスマスを祝ったかと思えば年末年始は神社や寺にお参りをする。
10時を過ぎるころには神社に訪れる人々で結構人通りが賑やかになってきた。
それでも中心街を過ぎて里の大門にたどり着くと、人通りはさすがに無い。
俺とナルトはひたすらに門の外に目を向けていた。
時間の経過とともに、身体がどんどんと冷えてくる。
動かずにじっとしているのがつらい。
ナルトに目を向けると唇の色が少し紫がかっている。
『ナルト、こっちに来い』
俺は外套のすそを開いてナルトを包み込んだ。
それから無言でさらに待ち続けたが、あの人の姿は見えなかった。
『ナルト、帰るか。風邪を引いちまうぞ』
『・・・・うん』
空腹と、身体の冷えで元気をなくしたナルトを背に負ぶって俺は部屋に戻った。
除夜の鐘はしばらく前から鳴り続けていた。


『間に合わなかったな・・・・』
ナルトに食事を取らせて、舟を漕ぎそうになるのを励ましつつ風呂に入れ、ようやく寝かしつけた。
とうとうあの人不在のままに新年を迎えてしまった。
年越しの蕎麦すら食べていないことに今更気づいたが、空腹を覚えつつ何も食べたくなかった。
例年の通りにナルトと二人の年越しだったというのに、あの人の不在はナルトの元気を何処かに追いやってしまった。
俺も仕方が無いとわかってはいるけれど気分が落ちるのを止められない。
だけど、約束をしたからにはあの人は今全力で里に向かっていると思う。
俺は寝ないで一人、あの人の帰りを待ち続けた。




1月1日  午前三時過ぎ


深夜の三時を回ったころ、カタリと玄関から控えめな物音がした。
俺が玄関のドアを開けるとびっくりした顔でさんが立っていた。
『起きてたの?』
ふ、と笑みを浮かべたさんの口元から零れた吐息は、さっきナルトと外に出た頃よりも真っ白で。
いつもはうっすらと薄紅色になっている頬が今は陶器のように青みがかっている。
こんなに冷え切って。
深夜に無理して帰ることなんかないのに。
早く部屋に入ってもらおうとさんの背中に手を回して、ずるりとすべる異様な感触に俺はぎくりとした。
『あ、お土産』
さんが背中に担いでいたものをどさりと足元に下ろすと、それは体長1mは余裕で超える立派な魚五匹だった。
器用に編まれた笹の葉に鈴生りになっている。
これを背負って里まで激走したのだろうか。
かなりの重さだと思う。
『どこで買ってきたんですか?』
『雪の国で捕ってきた』
『・・・そうですか』
『新年といえば新巻鮭でしょ』
『・・・・・』
惜しい。似ているけど鮭じゃなかった。
それは、イトウだった。
幻の魚といわれ、釣り好きであれば一度はお目にかかりたいといわれている憧れの魚だ。
しかも1mを超えるまでに大きくなるのモノは非常に希少価値がある。
さらに、絶滅危惧種だ。
冬眠を前に食糧確保に勤しむ熊のように、逃げ惑うイトウを掬い上げては川岸に放り投げているさんが容易に想像できる。
少し眩暈がしたけど、捕ってきてしまったものは仕方がない。
この人は鮭と信じて疑わなかったのだろうし。
まだ捕獲の規制は法的にされていないし、味は鮭に似ていて美味いらしいし。
でも今年はさんが正月の心配しないように、早めに新巻鮭を用意しておこう。
『ありがとうございます。皆さんにもおすそ分けしましょうね』
さんは嬉しそうに頷いた。
上忍の中でもエリートと呼ばれて、里屈指の実力者の一人で、真冬の川から素手で幻の魚を取ってくるような人だけれど。
俺の大切な可愛い人なので、無事に帰ってきてくれて心底ほっとした。


年はとっくに越してしまったけれど、二人で年越し蕎麦をすすった。
『ああ、でも間に合ってよかった』
『え?』
『初日の出は一緒に見られるね』
年越しは間に合わなかったが、まあいいか。
と、思っていた俺は少し驚いた。
この人は、一人で突っ走ってスーパーネガティブになっているかと思うと、逆に底抜けに楽観的でポジティブだったりする。
このアンバランスさが俺がこの人から目が離せずにハラハラする要因でもある。
でも、確かに。
『そうですね。初日は一緒に見られますね』
『ね』
にこりと、さんは子供のように笑った。
年の終わりを一緒に過ごすより、年の初めを大切な人と一緒に過ごせるほうが幸せなことなのかもしれない。
『あと少ししたら、ナルトを起こそうね』


あと数時間で夜が明ける。

どうか今年一年が俺の大切な人たちにとって幸多い年になりますように。






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