今夜は事前に会う約束は取り付けていた。
部屋をノックすると、あいているぞ、と聞きなれた声がする。一瞬躊躇するが、扉を開き部屋の中に足を踏み入れた。中には見慣れた服装で、見慣れた笑顔を見せるイルカがいた。
「久しぶりだな、元気だったか?」
以前と全く変わりのない笑顔に、私はますます鼓動が早くなってしまう。他愛のない世間話をする余裕も、挨拶する余裕すら全くない。
「イルカ、私を抱いてくれ。」
心の整理もつかないまま、口から言葉が飛び出してしまった。思わず口を押さえてしまうが、一度言った言葉は取り消せない。イルカの顔からは笑みが消えていた。
「わかった。」
驚いた事に少しの迷いも見せず、イルカは答えた。
自分から言い出した事だが、いざ承諾されて途端に私は動揺し始めてしまった。
「イルカ!そんな簡単に・・・」
「明日からの任務の話を聞いた。」
「・・・・任務の事、聞いたのか・・。」

明日から私はランクBの任務の指揮を取るため波の国に渡る。中忍でエリートでもない私が単独で指揮を取るなど、それだけでも無理のある任務だった。その上今回は情報が少なすぎる。ランクAに位置付けてもおかしくない依頼内容だ。時期が悪く、里の上忍、中忍エリート達で動ける者は他の任務で出払っていた。命の保証は全くない。だが私達には、任務の拒否権はない。

「気の毒に思って、抱くのか。」
過去にも死を覚悟した女達がイルカの元を訪れたのだろうか。その度にイルカは女達を抱いてやったのか。私はやはり、イルカにとって単なる同僚の域を出ないのか。考えはどんどん加速し、胸が張り裂けそうだ。唇を噛んで涙をこらえる。
その時部屋の明かりが消えた。
イルカが窓から差し込む月光を受けて、青白く暗闇に姿を現した。無言のまま、額あて、ベスト、次々とイルカは自分の身に付けている衣類を剥ぎ取っていき、とうとう上半身を月明かりの下に晒した。忍びは仲間同士でもこれほど無防備に肌を晒す事はない。好きな男だからか、もともと均整が取れている事もあるが、青白く月に照らされるイルカの身体を美しいと思った。
状況を忘れつい見惚れている私の右手をイルカは勢い良く掴み、普段のイルカからは想像も出来ない荒々しさで私を掻き抱いた。
先程からの予測のつかないイルカの行動に私はつい身を硬くしてしまう。それに気付いたイルカは少し腕の力を弱める。
「やっぱり、やめておくか?」
イルカに抱きすくめられながら、とうとう堪えきれず涙が溢れだしてしまった。
「イルカ、一度でいい・・一度でいいから・・・・んっ。」
泣きながら私はイルカとはじめて口づけをした。今夜はイルカに驚かされてばかりいる。どこでこんなキスを覚えてきたのか、いろいろ想像を巡らせてもすぐに何も考えられなくなる。ようやく口が離れたときにはイルカにしがみ付いて立っているのがやっとだった。
「誤解しているようだが、オレにも簡単な事じゃない。」
「何?どういうこと・・。」
考える間も与えられず私はイルカに抱き上げられ、窓際のベッドに下ろされた。イルカは私の両肩に手を置き、ゆっくり後ろへ倒した。私はもう言葉を発する事も出来ず、イルカのなすがままになってしまっている。
「出来る限り、優しくしたいが」
言いながらもイルカは私の髪留めを外し、鎖帷子に手をかける。
「好きな女を抱くときに、冷静でいられる自信がない。」
あらわになった私の首筋に顔を近づけながらイルカが囁く。
「・・・綺麗だな。」
思ったままに口にした、といった感じのそのセリフが、普段の朴とつとしたイルカを思い出させ、つい口元がほころぶ。
イルカが私の鎖骨に軽く歯を立てた。
それからの私は、水の流れに翻弄される木の葉のように身体の自由を奪われ、うわ言のようにイルカの名前を呼ぶことしか出来なかった。


ふと気が付くと、イルカのベッドの中だった。気を失うように眠ってしまったらしい。イルカが傍にいない。視線を動かすとベッドの足元にイルカが腰掛けてタバコを吸っていた。
タバコを吸うなんてはじめて知った。
「身体、大丈夫か。」
私に背中を向けたままイルカが訊ねる。煙を吐き出してから、こちらを振り向く。
「そのまま寝てろ。」
起き上がろうとする私を制してイルカは立ち上がり、テーブルの上の灰皿でタバコを揉消すとベッドに戻ってきて私の横に身体を滑り込ませた。
背中からイルカに抱きすくめられる。私の髪にイルカが顔をうずめる。
イルカがこれほど積極的に体に触れてくる事に、私はまだ慣れることが出来ないでいた。どうすればいいか分からずに自然と口数も減ってしまう。
「一度だけ、なんて言うな。これから何度でも抱いてやる。いや、抱く。だから・・・生きて帰ってこい。手足が無くなっても、どんな姿になっても帰って来い。死ぬなら・・・オレの傍で死ね。オレの手の届かない所で死ぬなんて許さない。」
散々泣いたと思ったのに、不思議な事にまだ涙は溢れてくる。肩を震わせて嗚咽をこらえる私をイルカはぐるりと反転させて自分と向き合わせた。今度は正面から私を抱きすくめる。
「泣くのもオレの前でだけだ。感情の揺れは死を意味する。」
こんな時に教師口調になるイルカに泣きながら思わず笑ってしまった。
「ふ、今説教くさいって思ったろ。」
顔を上に向けるといつもの柔らかな笑みを浮かべたイルカがいた。
「今は胸を貸してやるから思い切り泣ききってしまえ。そうしたら、少し眠れ。夜明けまでまだ時間がある。任務に間に合うように起こしてやるから・・・・」
こんなに自分をさらけ出して泣くのは初めてだった。
黙って優しく髪をすいてくれるイルカの手を感じながら私はまた眠りに落ちていった・・・。







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