勝手にやってなさい
空を見上げれば水分を多分に含んだ重い雪があとからあとから降ってきて。
こんな寒空の下、屋根もない場所で一人でいるだろう人の事を想うと泣けてきた。
せめて雪だけでも止んでくれればいいのに。
過酷な状況に身を置かざるを得ないあの人が、これ以上凍えないように。
いったん零れた涙は堰を切ったようにとめどなく溢れ出した。
『・・ぅ、・・・っく。カカシさん・・・』
『あ?なに?』
『・・・・』
ちゃぶ台を挟んでイルカとカカシは向かい合わせに座っている。
夕食も済んで茶を飲みながら二人はまったりとくつろいでいた。
『なにあんた、いきなり泣いてんですか』
ひくっ、としゃくりあげながらイルカが言うには。
雪を見ているうちに幼いころのカカシに想いを馳せたのだと。
物心ついた頃には中忍になっていたカカシは暖かい家の中にいるよりも、雨が降ろうが雪が降ろうが厳しい戦場に身を置くことの方が多かっただろうと思うと、泣けてきたのだと。
カカシさん、寒かったでしょう。小さかったのに。
なんて、イルカはまだ少し過去にトリップしている。
『ばっかじゃないの』
の、の発音の後、カカシの口は閉まる事が無くあんぐりと空きっぱなしになる。
イルカはようやく泣きやんだが、震える唇を引き結んでまだ悲しみを堪えるような顔をしている。
『何しょーもない事言ってんの!生身の俺が目の前にいるだろうが!!』
イルカの言うことは当たらずとも遠からず。しかし過去の事に心を痛めてもらったところで過去は過去。
昔の自分に想いを馳せるくらいならもっと目の前の自分に集中しろってもんだ。
あんまりアホなことを言うイルカには、今夜はお仕置きだ。
更にカカシは眉間の皺を深くするがイルカはカカシの心内など何処ふく風。
きょとんとイルカは目を丸くしたあと、にやーっと、不細工に笑った。
散々泣いた後だから、いつものブサ可愛さに更に磨きがかかっている。
そんなイルカを前にカカシはガックリと脱力する。
ああ、不細工だ。
ああ、可愛い。
まったく。25過ぎの男がそんな可愛い事言ってどうすんのさ。
なーんだかなあ。
越えてゆけ
『どうして!こんなになるまで・・・』
この人は、会えば笑っているか、怒っているかで。
今は酷く怒っているようだった。
怒っているらしいが、顔色は悪い。
少し青ざめているかもしれない。
手元は性急で、でも力強く。
俺のぽっかりと口を開いた傷口を手早く縫い合わせると、きつく包帯で締め上げてきた。
まだ血は止まっておらず、止血をするつもりなのだろう。
呼吸が少し苦しくなる。
手当てが一通り済んでしまうと、その他の処置していない傷がないかどうかこの人は俺の身体を検分し始めた。
もう俺の身体は、元の皮膚がわからないくらいに引き攣れた傷で埋め尽くされている。
目の前の人は一瞬息を呑み、それから顔を歪めた。
もう、痛みはないんですよ。でも、気持ち悪いですよね、すみません。
俺は、この人が顔を歪めた原因を取り違えたらしい。
この人は更に烈火のごとく怒り始めた。
『気持ち悪いなんて思う訳ないでしょう!あなたが里のために戦って出来た傷なんですからっ・・・』
言い終わらぬうちに今度は目端から涙を零す。
『もっと・・・、自分を大切にしてください。こんなのは、堪らない・・・・』
きれいな涙はぱたぱたと、俺の腹の傷の上に落ちて、包帯の上に滲んだ血が薄桃色に広がった。
ああ、悲しませてしまって、すみません。
でもね、死ぬつもりはないんですよ。
だって俺は死ぬことは許されていないんです。
生きろと、俺は言われてしまったんです。
あと、どれくらい生きれば役目を果たしたことになるんでしょうね。
『どうして、俺は生きているんでしょうね』
『・・・・』
『どうして俺は、生き残ってしまったんでしょう・・・・』
『・・・・死にたかったんですか』
『わかりません。でも・・・』
先に逝ってしまったあいつや、あの人は。
俺に生きろといったんです。
俺に何をして欲しかったんでしょうね。
あの人達の代わりに生き残った俺は、何かをしなければならないでしょう。
何を期待して、何を俺に託してあの人達は逝ってしまったんでしょうね。
『残されるのは、辛いです』
『ええ。そうですね』
俺の支離滅裂な独白を聞き終わるころには、この人はすっかり落ち着きを取り戻していた。
今まで見たこともないような、穏やかで落ち着いた様子だった。
『ならあなたは生きなければいけない』
揺らぎなく真っ直ぐな目に射抜かれて、俺は身動きが取れなくなった。
『ならあなたは、自分の人生を人に預けることなんかせず生きて下さい』
パチリと、目の前で視界が弾けた。
『カカシさん、生きていていいんですよ』
まるで子供をあやすかのようにイルカに頭を抱きこまれて、その時ようやく自分が泣いている事に気がついた。
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