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部屋の欄干にもたれて中庭を眺めていると、に呼びかける者がいる。
この邸でにこれほどに柔らかく声をかけるものなど一人きりだ。
「重衡殿」
重衡がの部屋に面した中庭へと歩いてくるのが見えた。
はだらしなく欄干に凭れさせていた上体をやや起こし、こちらへゆったりと歩を進める重衡と向き合う。
重衡は知盛の屋敷を去ろうとせず、あれから客人となって知盛の邸に居続けている。
先日の華やかな深緋の晴れの衣から一変して、今日の重衡は凛々しくも目の冴えるような藍色の強装束を身に纏っていた。重衡は麗しく美しい顔立ちをしているのだが、そうしているとやはり武家貴族の血が流れているのだと思わせられる。柔和な表情を常に絶やさないが、この男は事次第によっては瞬く間に猛々しい武士となりかわるのだろう。
出会ってすぐ誰何したに、平家一門末席に名を連ねる者だと、重衡は正しくはあれど的をかわすような物言いで返した。
数日してはもう一度尋ねたのだ。
「では、知盛は。あれはいったい何者なのだ」
「ご存じなかったのですか?」
重衡は驚いたように目を見開いた。何者かも知らずに、この邸にずっと暮らしていたのかと重衡の目が何も言わずとも語っていた。
尋常ではない状況で攫われて今に至るのだ。今更改まり知盛に尋ねるのもどうかとは知盛の事を聞きそびれていた。
「兄上は素晴らしいお方です。この度あの若さにして後白河院から従三位の位を賜りました。我が一門の中でも特に優れた将でいらっしゃる」
世の理、きまり事にとかく疎いであったが、宮中の誰それが失脚したの昇進したの、腹の足しにもならない噂事だけは良く知っていた。従三位といえば父よりも上の位であり、知盛は父よりも帝に遥か近くにある。その事も父が自分を見失い道を踏み外す理由になったのだろうか。いまやには想像することしかできないが。
際立った才もなく、それでも家筋が良かったのか目こぼしをもらい飾りの位を貰っていた父と、まるで嵐のようにの前に現れた知盛の男としての格の違いは出会った晩にはっきりと分かった。力の無い人間が自分の手に余る物を望めば、その歪みはそっくりとその者に跳ね返ろう。父は世に権勢を誇る武家の不興を何らかの形で買ったのだ。気も小さく、臆病で、家に篭り切りの男であったのに邸を焼かれ斬って捨てられるほどのことが出来たのかと、は感慨もなくただ思った。
その思いを口にはせずは別の事を言う。
「末席に名を連ねるだなどと、よく言う」
家の後ろ盾も無くなりただの女となったに対し、近衛中将である身で重衡は慇懃に過ぎる。
「いいえ、私など。兄上に比べれば凡俗も良い所です」
重衡は静かに口元に笑みを綻ばせた。その笑みが微かに憂いを帯びていたのは気の所為であったろうか。
知盛の邸に居続ける重衡は、朝な夕なの元を訪れるようになった。
「この庭が気に入っておられるのですね」
「別に。する事も無いから眺めているだけだ」
一欠けらの愛想も無いの返答に気を悪くするでもなく、重衡は秀麗な顔を綻ばせてたおやかに微笑む。
「同じ風景ばかりで退屈をしていらっしゃるご様子。よろしければこの界隈を少しご案内いたしますが」
「・・・やめておく」
「左様でございますか」
重衡の笑みに寂しげな翳りが差す。
それに気付かぬ振りをしてはふいと庭へ視線を戻した。
自分の居場所など無い。
これまで住んでいた己の邸の中ですらそう思っていたのだ。連れ去られて知盛の邸で飼い殺されているこの状態では尚更だ。
どうしてか自分を手中から離そうとしない知盛の傍も、自分などの言動に一喜一憂を見せる重衡の傍も落ち着かない。
「何度も言っているが、私の事など捨て置いてくれ」
「様」
一段下がった欄干の真下から重衡がひたと自分を見つめてくる。
はそれきり口を噤み何処を見るとも無く、宙の一点へ視線を定めたまま風に黒髪を嬲らせるに任せていた。
「・・・私は、あなたをお守りしたい」
重衡が真摯に語り始める。
「あなたを脅かす全てのものから、私はあなたをお守りしたい。あなたの心からの笑みを、私は見てみたいのです」
の血の気の無い手の甲が暖かな熱に包まれる。
知盛と同じほどに長身の重衡が真下から手を差し伸べて、欄干に置かれたの右手に手を重ねた。
二人の間に挟まれている欄干は、まるで頑なにと重衡の間に引かれた一線のようだ。その一線を重衡は決して越えようとしない。重衡はの意を辛抱強く引き出そうと接し、どんな些細な事でもの心を尊び自分の無理を通す事など一切無い。
だから、意に染まぬものを与えられ続け自分の意志など口にする事も無かったは重衡に戸惑い、普段よりも更に愛想がなくなってしまう。
「三日後の宴が終われば、さすがに私も自分の邸に戻らねばなりません。その時には様、どうか私と共に・・・・」
重衡はの意を曲げ無理を通したりしない。
ただ静かに、心からに請うだけなのだ。
一度、僅かに重ねた手に力を込める。それから羽が舞うような軽やかさでの手の上から重衡の掌は離れた。
すらりと背筋の伸びた重衡の後姿をは見送る。
重衡には否とも、諾とも。何も言葉を返さなかった。
捨て置けと言いながらも言葉を濁し、完全に重衡を突き放す事も出来ない自分の卑しさはどうだ。
父が死んだと聞いた時、命を絶つ事を躊躇った。
知盛の手の中でいい様にされても、死なずに未だのうのうと生き延びている。
この浅ましさは自分の魂に根付いているのだ。
貴い都人のように着飾ってみても、自分の内にある醜い性を隠しきれはしない。
ずるりとの足にぶよぶよとした肉塊が絡まり、うねりながらの最奥を探ろうと這い上がってくる。
嫌で嫌で堪らないが、は指の先すら動かせない。身体を強張らせてじっとしている。
一糸纏わぬの身体を赤黒い肉塊が舐めるように這い回る。
このおぞましさを耐え忍ぶ一晩は気が遠くなるほどに長い。
肉塊がずるりと、の秘唇を割り肉襞を擦りながら腹の中に入り込んでくる。の双丘の間で慎ましく咲いている菊花さえも肉塊は抉じ開け更にの腹を満たそうとする。
いつしかの陶器のように白い肌は首より上を残し、余す所無く醜い肉の塊に覆われてしまった。ぐちゃりぐちゃりと水音が立つ度に胸の頂きの突起と無残に剥かれた陰核を擦りあげられ、は背中を反らしては身体を震わせる。
汚らわしい肉塊がの口内に押し入ろうとした時、はとうとう悲鳴を上げた。
「・・・」
鋭く息を吸い込み、は目を見開いた。どっと全身に汗が噴き出す。
背後から自分の身体に回された熱は、醜い肉塊などではなく、美しく肉が重ねられた形の良い男の腕だった。
男の大きな掌が押さえる下での心臓は早鐘のように鳴り続けている。
「ただの、夢だ」
知盛の声によって、しっかりとは覚醒した。
は詰めていた息を吐き出し、身体の力を緩める。を宥めるように知盛が後ろからきつく抱きしめてくる。お互いを隔てるのは滑らかな肌一枚。知盛の身体の温もりが徐々にの体に熱を取り戻させていく。
「夢・・」
「ああ」
背中を知盛に預けたままはぼうとして、寝具以外にほとんど物が置かれない殺風景な薄暗い部屋を見回した。火は灯されず、格子戸から月明かりがうっすらと入り込んでいる。まだ夜明けまでは遠い。
胸が悪くなるような、極彩色に飾られたあの檻のような部屋ではないことには安堵する。
そして安堵する自分に気付いては焦燥感に駆られる。
「夜明けまで間がある。眠れ」
最近では、知盛はを抱いた夜は自室に戻らずの部屋で朝を迎える事が多い。が眠りに落ちるまでの身体を離さず、が目覚めれば寝入った時と同じ体勢では知盛の腕の中にいる。いつ眠っているのか、知盛は闇の中でも明け方の光の中でも冴え冴えとした菫色の瞳をひたとに向けていて、その瞳が閉じられているのをは見た事がない。
その瞳に捕えられる度にの胸はざわつく。
知盛がこの邸に攫ってきた時のまま、を人とも思わずに玩具の一つと扱ってくれたなら、は知盛を憎んだままこの邸に飼われ続けていられただろう。
自分の置かれた境遇を今度は知盛の所為に出来ただろうに。
「・・・知盛、酷く、酷くしてくれ」
叫びだしたい衝動を堪えて、は仰臥する知盛に乗り上がる。
「足りないか」
の背中から腰を撫でる知盛の手の穏やかさがもどかしく、はそれを振り払うと早急に知盛の上に腰を沈めた。
「っ・・」
知盛がかすかに眉根を寄せを見上げる。
構わずには更に腰を知盛に押し付ける。の腿の内側を伝う雫が二人の褥をじわりと朱に染めた。
「、止せ」
知盛の剛直は夢と同じく、いや夢よりも猛々しくのきつく蕾を結んでいた菊花を散らし秘肉を引き裂いた。淫らに潤む花襞ではなく後方の硬い秘肉に噛み締められ、知盛が味わう痛みも少なくは無いだろう。
「いや、だ・・、ぅ・・」
呻きながらもは拙い動きで腰を上下に振るう。裂けた肉の中を行き来する知盛の熱さに、知らずの眦から涙が零れた。
「あ、あ・・、ああっ!」
いつしかの後口から溢れる鮮血は蠕動する肉襞を潤し始め、の動きをますます激しい物にしていく。痛みなのか、快楽なのか。
裂けた傷が熱いのか、内に引き入れた知盛の熱なのか。身体が燃え上がりそうに熱く、その熱には狂わされていく。
「私を、殺してくれ・・・!」
飛び出した言葉に驚いたのはの方だった。
全身に汗を滴らせ、知盛に跨ったままは硬直した。自分の乱れた呼吸だけがシンと静まった部屋に響く。
しばし自失したが我に返れば、景色は一転して自分の身体は知盛に組み敷かれていた。両の手を頭上に一つにまとめられ、ほとんど全身で圧し掛かられてはは身動ぎすら出来ない。
知盛は眼光鋭くを射抜く。
の全身を叩きその動きを封じたのは滾々と知盛の内から湧き上がるような凄まじい怒気だった。
有無も言わせぬ全身の血の気が下がるほどの恐怖には瞠目する。その怒りに反し、氷のように知盛の顔には色が無かった。
「その程度か。つまらぬ・・・」
知盛に喉元を強く押されの視界は暗転した。
気がつけば日はかなり高く昇っていた。
下半身は感覚が無く、は起き上がることができない。なんとか下肢を動かせば、乾いた血がじゃりじゃりと足の間で擦れてそれが不快だった。
褥は冷え切っている。
は独りだった。
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