砂塵が容赦なく目や鼻の粘膜を傷つける中、カカシは目を眇めて静かに前方を見据えていた。
カカシの眼前には剥き出しの岩肌、その隙間を縫って所々に取り残されたように立ち枯れた木々が見える。
岩の黒と枯れ木の白のコントラストが延々と果てなく続く荒野だ。
まるで生きるものの気配がしない。
けれどもカカシの鋭敏な皮膚は、限界にまで押さえられた刺すような殺気を拾う。
数は十。完全に囲まれている。
腕や足の筋肉が引き攣れ身体はとっくに限界を超えていたが、カカシはそれに構わずに跳躍するためにぐっと足を曲げ腰を落とす。
「まだ動けるか」
「・・・ああ」
問いかけはするものの、その相手は決してカカシを気遣っているわけではない。
これから先カカシが使い物になるのかどうか、その確認をしたまで。
「俺達は混乱に生じてここを脱出する。敵忍を撹乱しろ」
仲間のために血路を開けと男は言う。男にとって目の前のカカシは里の同朋ではなく里の道具でしかない。
カカシは男の命に無言で頷く。



あの人を取り巻く全てのものを守ると決めた。
遠く離れた場所に居ても。
もう二度と、会うことが出来なくても。








アナザー・ヘヴン







喜びを隠し切れずに駆け寄ってくる子犬のような、年齢にそぐわない子供のような気配を感じるとカカシの口元は自然と綻ぶ。
歩調を少し緩めてやると後ろから耳障りの良い良く通る声がした。
「カカシ先生!」
カカシが振り向けば、最近知り合った部下の恩師が結わえた黒髪を尻尾のように揺らしながら嬉しそうにこちらに向かってくる。
その姿を認めた瞬間にカカシの無意識に纏っていた無表情な仮面が剥がれ落ち、顔の筋肉の強張りがフッと解けるのを感じる。
その度にうみのイルカは不思議な人間だとカカシは思う。
「そんなに急いでどうしたの、イルカ先生」
「カカシ先生の姿が見えたので」
姿が見えただけで少し息があがるほどに急ぎ追いかけてきてくれたのかと、屈託無く寄せられる好意に我知れずカカシの右目が弓なりに撓む。
「あの、もう今日は上がりですか?」
「ええ、もうお終いです。あいつらも帰しましたよ。イルカ先生は?」
「俺ももうすぐ終わりなんです」
今日は受付所では会わなかったから一日アカデミーの授業があったのだろう。
片手で抱えたファイルに目をやり、そしてイルカに視線を戻すとイルカは少し照れたように笑う。
それから癖なのか、鼻の傷を人差し指で掻きながらイルカは少し目線を下げた。
その期待に満ちたしぐさに笑いを誘われながらもカカシはイルカが望む言葉を口にしてやる。
「それじゃ、夕飯がてら一杯いかがですか?」
「喜んで!」
こんな時のイルカは夏の太陽も目が眩むほどの明るい表情を見せる。
イルカの喜怒哀楽はとてもはっきりしていて、忍びとしてどうなのかと心配になるほどに分かりやすい。
「俺、荷物とって来るんで待っててもらっていいですか」
「うん。急がなくてもいいですよ」
急がなくても良いと言うのに、カカシの言葉を最後まで聞かずにイルカはもと来た道を弾丸のように駆け戻っていった。
転びやしないかと心配しかけて相手は中忍でいい年をした大人の男なのだと思い出すと、自分自身にカカシは苦笑した。
裏表の無い、まるで動物や子供が懐き慕ってくるような、そんな接し方をイルカはカカシにする。
仲間の内でも裏を読んで接することが常の忍社会でイルカのような存在は珍しい。
最初は戸惑いもしたが、それがイルカの素の状態なのだとわかると真っ直ぐに寄せられる想いはカカシにとって心地の良い物に変わった。
人当たりが良く、生徒達からも同僚からも好かれているイルカはいつも多くの人間に囲まれている。
それでもカカシの姿を認めると何を置いてもカカシのもとまで駆け寄ってくるのだ。
自分の傍で嬉しそうにしているイルカを見るとその嬉しさがこちらに伝染するかのようにカカシの心も軽い高揚感を覚える。
ただ一緒に飯を食うだけでそんなにも嬉しそうな顔を見せられたら、もっと一緒の時間を作ってやりたいとまで思わせられる。
任務を離れた所でこれほどに誰かと親しくするのは初めてかもしれない。
好意を寄せられたら単純に嬉しい。
自分に好意を持ってくれる人間の傍は居心地が良い。
昔馴染みの上忍仲間はともかく、里に常駐するようになって遠巻きに注目はされても積極的にカカシに近寄ろうとする者はほとんど無い。
そんな中でイルカという存在はカカシにとってかなり新鮮なものだった。








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