ひかり





取り乱すナルトを何とか落ち着かせて、病室へ駆けつけると室内には数名の医療忍と綱手がベッドを取り囲んでいた。
室内の空気は張り詰めていた糸がちょうど今切れたように、一抹の不安と、一欠けらの希望とがない交ぜになっている。
ベッドに身体を起こして、取り囲まれていた人物が静かに声を発した。
「イルカ先生。まだ失明したと、決まってはいません」
身体には一筋の傷すら付いていない。
ただ、イルカがいつも飽きることなく見つめていた赤と蒼の双眸は、今はしっかりと包帯の向こうに仕舞われている。
普段は口布で覆われている通った鼻筋と口元は、目元とは逆に今日は惜しげもなく晒されている。
形のよい薄い唇。その口角がきれいに上がった。
「ナルト、お前のせいじゃないよ」
「カカシせんせぇ・・・」
迷う事無くカカシの形のよい手は横にすべり、ベッド脇に立ち尽くすナルトの黄金色の髪を掻き回した。
カカシの落ち着いたしっかりした声と、温かな掌に安心したのかナルトの目にはみるみると涙の膜が張る。
気づかれない様にとあわててナルトは乱暴に袖口で涙をぬぐう。
カカシの口元だけの笑みは微かに深くなった。
笑みはそのまま、病室の入り口に立ち尽くすイルカへも向けられる。
イルカの両足は病室の入り口に縫い止められたまま。
指の先すら、イルカは動かせずにいた。






「あの毒は性質が悪い」
渋面を作り、綱手は零した。

サスケ奪還に失敗しサスケを欠いたまま、7班はカカシの指揮のもと里に舞い込む任務もこなしていた。
そんな日々が続く中。
Cランク任務を問題なく終えて里への帰還途中に7班は他里の抜け忍に遭遇した。
別に任務とは無関係の抜け忍。そして今は半人前の部下二人を抱えている。
カカシは相手の出方次第では見逃すつもりだった。
だが、抜け忍の挑戦的な言動に煽られて、ナルトはどんどんと一人班から離れていく。
ナルトは抜け忍から投げつけられるクナイも起爆符もやすやすとかわしながら森の奥深くへと入り込んでいく。
「ナルト!深追いするな!」
カカシの静止の声も届かない。
ここ最近忍としての成長も著しいナルト。
自分の力を試してみたい欲求に駆られたのかもしれない。
ナルトを追うカカシより半歩遅れてサクラも懸命について来る。
「そんなもんあたらねえってばよ!」
敵忍はナルトめがけてキラリと光る何かを投げつけた。
俊敏な身のこなしでナルトは敵忍から投げつけられた得物を避ける。
得物はナルトのすぐ横の木の幹にぶつかり、ガラスが砕けた。
ぴしゃりと液体が木の幹に張り付く。
得体の知れない液体はナルトの顔のすぐ横でどんどんと気化していく。
カカシは瞬時に危険を察知した。
「ナルト!!そこを離れろ!!」
敵忍に向かってではなく、自分へ向かって血相を変えて飛び掛って来るカカシにナルトは面食らって動けずにいる。
「くそっ!!」
カカシはナルトを木の上から下方に蹴落とす。
ナルトの立っていた場所を飛び過ぎる瞬間、見開いていたカカシの両目が焼かれるように瞬時に熱を持った。
「ぐっ!!」
着地する地点の目測が定まらず、カカシは無様に森の茂みの中に落下した。
猛烈な酩酊感と、吐き気に襲われてカカシは落下したまま身体をしばらく動かせなかった。
青ざめたナルトと半泣きのサクラがカカシを抱き起こす。
敵忍の目的は、カカシを足止めすることだったらしい。そのための標的はナルトでも、カカシ自身でもどちらでもよく。
既に敵忍の気配は消えていた。
「ナルト、上司の言うことは聞きなさいよ・・・」
言葉を無くしたナルトに笑いかけようとして、カカシは顔の感覚がおかしい事に気付いた。
まるで麻酔をした時のように顔の筋肉が思い通りにならない。
見れば両手も細かく震えている。
「あ・・・」
何やら懸命にナルトとサクラが自分に向かって叫んでいる。
しかし、カカシの耳はその音を拾う事が出来ず、視界は砂嵐が濃くなるように悪くなる一方だ。
とうとう、ナルトとサクラの顔が見えなくなった。
カカシの記憶はここで途切れた。


「医療班も最善を尽くす。カカシを失うのは、痛い」
綱手は眉間に深い皺を刻んだままイルカに告げる。
「回復の見込みは・・・」
「何とも、言えん・・・。解毒薬を作るのも、手探りの状態だった。症状の進行を止める事は出来たが・・・・」
カカシが敵忍から受けた毒は、無色無臭の得体の知れないもので。
体表の粘膜から入り込んで神経を伝い全身を巡り、神経伝達経路に異常を起こす仕組みである事は分かった。
聴覚、触覚の機能を回復させる事は出来たが、視力は今のところ回復までには至らなかった。
「現状では本人の治癒力に賭けねばならない・・・」
「・・そんな・・・」
「今は最善を尽くすとしか、言えぬのだ」
いつも快活に笑っている女傑が、今はやり切れない様子で視線を伏せた。

今は木の葉崩しから里が懸命にたて直しを図っている最中。
火影就任が成ったばかりの綱手がカカシ一人に関わってばかりもいられないことはイルカにも重々分かっている。
「はたけ上忍には私が付き添います」
綱手の傍らにひっそりと従っていたシズネがはじめて口を開いた。
この非常時に自分の片腕を差し出す事を考えても、綱手が破格の待遇でカカシに心を砕いているのが分かる。
信頼関係をこれから築いていかなければならない里の上層部と、自分たち末端で動く里の駒の一つ一つに深く関わりあいながら、綱手は板挟みの苦しい状態にいるのだということは想像に難くない。
どちらも同じように持ち上げる事など、出来はしないのだ。
「綱手様、よろしければ・・・」
イルカは真っ直ぐに綱手を見据えた。
「はたけ上忍の看護を私に一任してくださいませんか」







何故お前がと、綱手は不思議そうな顔をした。
自分は教師という職業柄、薬草や薬品の知識に長けている事。
ナルトを通して多少はカカシとも繋がりがある。カカシも親しい者から看護を受けたほうが療養中のストレスも少ないだろう事。
この事を告げると綱手も納得したようだった。
何よりも、自分の片腕をこれまでと変わらず傍に置ける事で今後の綱手の動きも格段に楽になる。
「それならば、任務としてはたけカカシの看護を一任する。イルカ、こちらも解毒薬の試作を平行して続けていくが、頼んだぞ」
「かしこまりました」
一礼してイルカは火影の執務室を後にした。

気配を一切消さぬように気をつけながら、イルカはカカシの病室のドアを開けた。
カカシは半身を起こして、イルカのいる方向に顔を向けている。
「カカシ先生・・・」
ふ、とカカシの口元に笑みが浮かんだ。
「やっと、声を聞かせてくれた」
声は以前と変わりの無い、低く心地の良い響きで。
イルカはフラフラとカカシのベッドの脇に近づいていった。
キシ、とベッドが軽く軋む。
まるで目が見えているのと変わりない確かさで、カカシの掌はイルカの頬を包んだ。
「気配や、チャクラの揺れでだいたいの事はわかるけれど。やっぱり、目が見えないのはもどかしいね」
「カカシ先生・・・・」
カカシの親指の腹が何度もイルカの涙の筋を拭う。
「やっぱり、泣いていたんですね」
後頭部に手を回して、カカシはゆっくりとイルカを引き寄せた。
「心配させて、すみません」
まだ毒の抜けきらない身体をイルカは案じたが、カカシはイルカの躊躇に構わずその身を抱き寄せた。
イルカの存在をその手で確かめると、ほう、とカカシは深く息を吐いた。
カカシの首筋に顔を埋め、イルカもそろそろとカカシに体重をかけてくる。
「普段通りにしても、大丈夫」
カカシはイルカの背中に力強く腕を回した。
「カカシ先生。家に帰りましょう」
「うん、イルカ先生」
堪えようとしても、ぐすとイルカの鼻は鳴ってしまう。
「本当に。心配させてごめんなさい」
イルカをかたく胸に抱きながらカカシは云った。

一時的か、永久にかわからない。視力は失ってしまったけれど。
カカシは生きている。
こんな時だ。感謝しなければならないのかもしれない。
カカシの肩口に強く、イルカは額を押し付けた。



novel  2