カカシの部屋で、目まぐるしく動いていく里から取り残されたように、二人は穏やかな生活を重ねていた。
日中は何をするでもなく、包帯を替え、カカシの食事を助ける。
するべき事がなくなれば、掌や、背中や、身体の一箇所を触れ合わせたままポツリポツリと言葉を交わしてカカシとイルカはその日一日を過ごした。
「ああ、今日は天気が良いんですね」
カカシは光の明暗は感知できるらしく、それがイルカの中で唯一の希望だった。
「ええ、ここ数日は晴天が続くようですよ」
窓ガラス越しに少し強い日差しがカカシを直射していて、イルカがカカシの肩に触れると思いのほか暖かくなっていた。
「カカシ先生、ここ暑くないですか?」
「うん、場所を変えようかな」
ひょいとカカシはベッドから降りると確かな足取りで居間へ向かって歩いて行く。
毒があらかた身体から抜けてしまうと、カカシは何不自由なく部屋の中を歩いて回った。
住み慣れた自分の部屋の間取りを覚えているという事もあるだろうが、イルカが不用意に道を塞ぐ形で置いてしまった荷物なども危なげなく避けてカカシは歩く。
上忍の研ぎ澄まされた感覚、気配を察する力があれば目などなくても生活する分には特に問題はないのだろう。
自分の看護など本当はまったく要らないのではないかとイルカは思うのだが、食事の介助だけはカカシが強請るので望むままに手助けをしていた。
「ふふ」
「どうしたんですか?」
「思いがけない休暇をもらった気分です」
カカシの口に一口分白飯を押し込んで、イルカはこっそりため息をつく。
二人で悲観していても仕方がないのだが、カカシがあまりにも普段通りの態度を崩さないので、それほど楽観視出来ない現状をついイルカは忘れてしまいそうになる。
当然のように、カカシの視力は元に戻り、以前と何ら変りのない生活に戻れるのではないか、と。
「早く・・・視力が回復すると良いですね」
カカシの部屋で暮らすようになって初めて、イルカはカカシの眼の事を口にした。
「・・・・うん、そうですね」
カカシの口角がゆるりと持ち上がる。
忍としての強さ、実力に反して元から穏やかな人だったが、視力を失ってからのカカシはその穏やかさと口元に浮かべる笑みが逆に自分を遠ざけているようにイルカには感じられた。
カカシの本心が見えない。
今後の生活への不安。
視力が回復する可能性について。
カカシから口にすることはない。
自分ではこの人の支えにはなれないのだろうか。
「イルカ先生?」
「!は・・はい」
「味噌汁ください」
「・・・はい」
イルカはカカシの右手にしっかりと味噌汁の椀を手渡す。
迷いなく、椀の縁を自分の唇に当てカカシは美味そうに味噌汁を口に含んだ。
「イルカ先生もちゃんと食べてる?」
「あ、はい」
「なんだか、いつも俺が食べるばっかりで。迷惑かけてすみません」
イルカの胸がチクリと、針を刺されたように痛んだ。
迷惑だなどと、思うわけがない。
たとえ、カカシの手が欠けようが、足が無くなろうが、その時は自分はずっとカカシのそばを離れない。
それなのに。
イルカがカカシの事をどれほど強く想っているのか、カカシには露ほども伝わっていないような気がする。
人の事を考え過ぎる優しいこの人は、時々酷く残酷だ。

「イルカ先生」
イルカが物思いに耽っていると、カカシの形の良い指がイルカの頬をなぞった。
カカシの指はイルカの輪郭を辿り、首筋を撫でながら下に降りていく。
「カ、カカシ先生」
カカシの指が器用にイルカの髪紐を解いた。
「いい?」
「食事の、途中です」
「そんなの、いいから」
隣に座るイルカに身を寄せようとして、カカシの肘が味噌汁の椀を倒した。
肘が濡れる感触を覚えて、カカシは無造作にアンダーの上を脱ぎ捨てる。
視力を失って運動量は格段に減ったが、カカシの引き締まった身体は少しの変化も見せない。
「あ・・・」
カカシに抱きすくめられて、それだけでイルカの声は上擦る。
視力を失ってからカカシが変わった部分がある。
昼夜を問わずイルカを求めてくるのだ。
カカシに求められれば、イルカには抗う術はない。
一度目は微妙にずれて、二度目はしっかりと、カカシはイルカの口を塞いできた。
荒々しく口内を嬲り、カカシはイルカの舌を吸い上げてくる。
柔らかな声音に反して、カカシがイルカを抱く際は執拗で、容赦がない。
「んっ!んう!」
息継ぎすらままならず、イルカは飲みきれない唾液を口の端から溢れさせた。
それまでも貪欲にカカシは自分の舌先で掬い上げ、残さずに飲み下す。
首筋をきつく吸い上げながら、カカシは性急にイルカの下肢に手を伸ばした。
「カカシ、先生っ・・・!」
思わずイルカがカカシの胸を押し戻した拍子に二人同時に椅子から転げ落ちてしまった。
派手な音が立ち、食器類もいくつかテーブルの下に落下した。
「・・・ったぁ・・」
「カ、カカシ先生!」
イルカがカカシの身体の上で身じろいだ。
カカシはイルカを抱きこんだまま、したたかに後頭部を打ったようだ。
「大丈夫ですか!?」
イルカを自分の身体の上に抱きこんだまま、カカシは口元に笑みを浮かべる。
「無理やりしようとしたから、罰があたっちゃった」
「・・・そんな」
不自由なく動いているように見えても、やはり目が見えないということは様々に不都合が働いてしまうのだろう。
同情するつもりも、犠牲になるつもりもない。
ただ、自分だけは。常にこの人にとって自由になる存在でいたい。
それが今の自分自身の望みでもあるから。
イルカはカカシの唇に接吻けを落とした。
「・・・先に此処だけ、片付けさせてください。続きは寝室で」
「うん」
イルカを抱きこんだままひょいとカカシは上体を起こすと、イルカの頬に軽いキスを残して寝室へと消えていった。


カカシに抱かれている間は、カカシの内面に渦巻いている不安や、焦燥感に少しだけ近づけるような気がする。
カカシにとっても、自分と身体を繋げている時間は己の感情を僅かでも吐き出せる瞬間なのではないかとイルカはぼんやりと思った。



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