イルカへ

この手紙が見つかってしまったということは、私はもうこの世にはいないのだと思う。
きっと遺品の整理をするように上から命令されたんでしょう。
辛い事をさせてしまってごめんなさい。
必ず帰ると約束したのに、守れなくてごめんなさい。
一つだけ、イルカにお願いがあります。
私のことはどうか忘れてください。
また新しく人と出会って、その人を愛して、家族をたくさん作って、自分の子供や孫に囲まれながら穏やかに生きてください。
私は未来の約束を何もしてあげられなかったけど、イルカの傍にずっと居てあげる事が出来る人とイルカがどうか出会えますように。
イルカの事が大好きです。
ありがとう。



「・・・やべ・・・」
意識を持っていかれそうになった。一応止血はしたが血が流れすぎた。
あたしは人一人がやっともぐりこめる横穴を見つけて結界を張りつつトラップもかけつつ奥へ奥へ進んだ。
少し空間が拓けた所でようやく上体を起こし岩に背を預けた。
冷静になってみると、あたしがここまで来る間に仕掛けたトラップやら結界やらは上忍クラスの忍じゃないと解けない事に気付いた。
(おいおい、救援部隊が中忍編成だったらどうすんだ・・・・)
自分に突っ込んでみた所で今更戻って解除する体力はもう無い。
貧血が酷くて、眠くて眠くて仕方が無い。意識が行きつ戻りつする中で、遺書まがいのこっ恥ずかしい手紙をイルカの部屋に置いてきた事を思い出した。
あたしは常に自分の私物の中に手紙を忍ばせていた。定期的に書き直したりもして。
急な任務で帰る事が出来なかった時、イルカに見送られながらも帰る事が出来なかった時、少しでもイルカに自分の想いが伝わるように。
(これで生きて帰っちゃったら恥かしいなあ・・・)
でも、もしかしたら自分の荷物なんてイルカはとっくに捨ててしまったかもしれない。
そうだった。あたしは酷い事をイルカに言ったんだった。
じゃあ・・・良かったなあ。
別れた女が死んだ所でイルカは痛くも痒くもない。イルカは悲しまずに済む。いや、義理堅いイルカの事だから少しは心を痛めてくれるかもしれないけど。
何だか急に気分が軽くなった。
(も、だめ。ねみい・・・)
地中深くに沈みこむような感覚に襲われる。
「寝るな!この馬鹿!!」
突然の怒号に意識が引き戻された。
自分の真正面にある横穴からにゅうとカカシが顔を出した。ちょっと絵面が面白かった。
横穴からズルズルとカカシは這い出してくると遠慮も無しにあたしの脇腹をぐっと掴む。
何だかあまり痛みを感じなかった。かなり、やばいんじゃないか、あたし。
ベストのジッパーを勢いよく下げ、アンダーをたくし上げ、カカシはあたしの腹部を剥き出しにした。
「あんた・・・嫁入り前の娘に・・なんて事・・」
「馬鹿じゃないの?」
あたしは自分の傷口を見る気力も無い。カカシは勢い良く消毒液を傷口にぶっかけてガーゼを当てると包帯できつく腹部を固定した。
「いて」
「痛くしてるの!この馬鹿!」
立て続けに三回馬鹿と言われた。身も心もボロボロだってのに、あんまりだ。
「何でこんな狭い所に逃げ込んでんの?しかもクソめんどくさいトラップまで仕掛けやがって。中忍や医療忍じゃ解けないっての!お前死にたかったの?これ、自殺か!?もしアスマやガイが救助に来てたらあいつらじゃこの横穴は入れないだろ!」
「カカシ・・眠い・・・」
カカシはくわ!と右目を見開いた。
「増血剤飲め、こら。今すぐ飲め」
カカシはあたしの鼻を思い切りつまむと指ごと丸薬をあたしの口の中に突っ込み、水筒の口までも突っ込みやがった。
あたしは目を白黒させて丸薬と水を飲み込んだ。
失血死をする前にカカシに殺されそうな勢いだ。
「・・何だかこんなにハイテンションなカカシは初めて見るなあ・・・」
「馬鹿!ハイテンションじゃなくて怒ってんの!!」
おや、思った事が口に出てしまった。そうか、怒ってたのか・・・。
「はあ、もう。俺、疲れちゃった・・・」
あたしの正面にう@こ座りの体勢でカカシはがっくり項垂れた。
「・・・イルカ先生、心配してるぞ」
内心ではかなり動揺したが、幸いな事に今は小指の先だって動かせない。
「イルカとは・・・もう」
「逃げてんじゃないよ。お前が身を引いた所で誰も救われないし」
怒っていたかと思えば、カカシは普段の眠たげな目に戻ってじいっとこちらを見ている。
というか、何処まで事情を知っているのか。食えない奴だ。
「あのさ、所詮他人同士なんだから。想ってるだけじゃダメなのよ。お前ちゃんと自分の考えてる事をイルカ先生に伝えたか?」
「伝えてない」
うっかり即答してしまった。
「やっぱりね」
カカシは勝ち誇ったようにうん@座りのまま器用に腕組みしやがった。くそう。
「お前、死にかけた時に誰の事考えてた?」
絶対に教えるもんか。あたしは口を一文字に引き結んだ。
「あはは。何で同じ事するの、お前ら」
今度はポカンと口を開けたあたしの髪をカカシはグシャグシャにかき混ぜる。
「ま、そういう事だよ。せっかく生きて帰れるんだから、もう一回チャンスをもらったと思って正面からぶつかってみな?イルカ先生、あれでいて根性座ってるからさー」
カカシがにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「いい事教えてやろうか。お前が隠してる『一の蔵』で手を打つ」
「いらない」
いらないと言うのにカカシは勝手に話し出す。
「こっちに向かう前にさあ、イルカ先生と飯食ったんだけど、俺がお前の事ぼろくそに言ったらあの人ぶち切れて俺の胸倉掴んだのよ?なんか愛を感じちゃってさー、胸がキュンとしちゃったね」
「・・・『十四代』も持ってけ・・・」
頭にカーッと血が昇ってしまった。増血剤を飲んでいなかったら絶対意識を飛ばしてた。
カカシめ、なんて危険な話をするんだ。
「さ、帰るぞ」
あたしは素直に頷いた。
だが、
カカシの奴はあたしのベストの襟首をぐいと掴むと横穴を出口まで延々と引き摺りやがった。堪らずにあげた抗議の声もカカシは思い切り無視した。
イルカが可愛いと褒めてくれたあたしの尻は擦り傷だらけになってしまった。
まだカカシの怒りは収まっていなかったらしい。



「なあ、痛い?」
病室のベッドの脇におずおずとナルトが近付いてくる。
「うん、痛いよ。ケツが」
「うわあ、嫁入り前の娘が何て事言うんだろうね」
嫁入り前の娘の脇腹を鷲掴みしたくせに・・・・。
あたしはベッドの足元にボケッと突っ立っている猫背の上忍を睨みつける。
そもそもなんであたしが怪我をしたのかっていうと、間抜けすぎて言いたくない。
任務を引き継ぐ際、前任者からの情報に不備があったのだ。
あたし達を翻弄し散り散りに逃げる羽目に陥った広範囲に仕掛けられたトラップは前任の仲間達が仕掛けたものだったのだ。トラップは仕掛けていないと資料にあるホームグラウンドでいきなり未確認のトラップが炸裂した日には敵襲かと身構えるのは無理ないだろう。
あたしは仲間を逃すためにトラップの中心にギリギリまで留まったりなんかして。敵忍なんかもともと居ないっつーの。一番重傷を負ったのはあたしだった。
他の奴らは上司が(あたしだ)姿を隠したために状況を判断できるまで待機していたらしい。おかげであたし達部隊は里から消息不明扱いをされてしまった。
里への連絡くらい指示無くてもしといてくれよ・・・。
そんなこんなであっさりと作戦は他の部隊の手に渡った。
こんな下らない事故で死ぬ事にならなくて、本当に良かった。
「ナルト、良く見とけ。これが名誉の負傷という物だ。さすがは上忍だろー?」
あたしは噛み殺す勢いでカカシを睨んだが、ベッドの脇に身体を乗り上げて心配そうに見上げてくるナルトには申し訳なくて目が潤んでしまう。
「心配かけてごめんね」
ナルトはコックリ頷く。下唇を噛み締めているので上唇が可愛くぴょこんと前に突き出ている。
何だか堪らなくナルトの事が愛しくなってしまい、あたしはベッド脇ににじり寄る。
「ああ、ナルト、抱っこさせて。あたしはもう身も心もボロボロなんだよ〜」
「じゃあ、イルカ先生に抱っこしてもらえばいいってば」
ナルトに差し伸べた両手は空中で固まってしまった。
何て事を言うんだ、ナルト。
視界の端に無言で小刻みに肩を揺らすカカシが見える。明らかに面白がっている。
「なあ、ナルト。こいつとイルカ先生、喧嘩してんだって。ナルトはどうすればいいと思う?」
あたしの顔は一気に火照る。あわあわとカカシの口を止めようとしたが間に合わなかった。
「それでイルカ先生ってば元気なかったんだなあ」
腕組みなんかしてナルトはウンウン頷く。
・・・今、イルカが元気無かったって、言ったか?
「そんなの、仲直りすればいいじゃん!」
そんな事もわからないのかと、明るい空色の瞳があたしを見上げる。
「ごめん、って謝ればいいってば。簡単じゃん?」
呆気に取られるとは、こういう事だ。
「・・・そっか。仲直りすればいいのか」
人生をかけた決断といっても過言ではなかったのに、そんな事で簡単に軌道修正が出来てしまうのか。仲直りなんて、当たり前の事過ぎて逆に選択肢に無かった。
「子供の方が問題の本質をわかってるんだな」
カカシは少し本気で感心しているようだった。
ナルトの金色の頭をくしゃりと掴むと、あん?と不思議そうにナルトはあたしを見返す。
「そっか、簡単か」
「簡単だってばよ」
ナルトに簡単だと言われれば本当にそんな気がしてくる。
退院したら、すぐにイルカに会いに行こう。きちんと謝って、それから話し合おう。
手遅れでも、自分の気持ちをきちんと伝えよう。
ナルトとカカシが帰った後、あーでもない、こーでもないとイルカへ伝えるべき事をあたしはつらつら考えていたのだ。
でも人生そう予定通りにはいかないのだ。
あたしの心の整理がつかないうちに、それこそナルトとカカシが帰ってしばらくしないうちにイルカがあたしの見舞いに来てしまったのだ。


しばらくぶりに会う、といっても最後に会ってから一週間ほどしか経っていないのだけど、イルカの顔にはいつもの溌剌さが無く、目の下には濃く隈が出ている。
ベッドの足元に立ったまま、イルカは近付いてこようとしない。
縮まらない距離が切ない。
自分から突き放したのに、イルカが遠くに感じられて身を切られるように辛い。
「ご・・・ごめん」
あたしの頭は真っ白になってしまい、さっきのナルトの『ごめんって、謝ればいいってば』が何度もリフレインするばかりで、まともにナルトのアドバイスを実行してしまった。
イルカは深く長く息を吐いた。
呆れているのか、安堵しているのか、よく分からない。多分両方だ。
おもむろに椅子を引き寄せてベッドの脇に腰を下ろすイルカを、あたしはまともに見る事が出来ない。
沈黙がしばらく続いてからイルカが少し固い声音で訊ねた。
「傷は、痛みますか」
「うん・・・いや!大丈・・夫・・・」
イルカには何だか変な凄みがあって自然と語尾が萎んでしまった。
やっぱり、怒っている。
イルカはいつも笑ってあたしを受け入れてくれて、それが当たり前になっていた。
本当にイルカに甘えていた。
「ごめんって、何に対して謝っているんです」
心当たりがありすぎて何も答えられない。
正直言って今の心境は恐怖に近い。イルカが怒っていると思うだけでもうどうしたらいいのかわからない。
任務中にもかくことのない汗が今は全身から滲み始めている。
「謝るくらいなら、きちんと思っていることを伝えてください。あなたの考えている事全てを俺はわかる訳じゃないんだから」
大きく息を吐きながらイルカはちょうど傷のある脇腹にそっと額を押し当てた。
あたしの腹部に覆い被さるようにして、イルカはピクリとも動かなくなってしまった。
どうして別れられるなんて思ったんだろう。こんなにもイルカの一挙一動に翻弄されて、イルカの事しか考えられないのに。
軽く触れられただけで、身も心もどうしようもなく震える。
「・・・怒ってる?」
まるで許しを請う子供のようにあたしの声は頼りなく響いた。
恐る恐る手を伸ばしてイルカの少しこけた頬に触れる。イルカはあたしの指を拒まずに静かに目を閉じたので、少しだけ身体の緊張が解けた。
「怒ってます。悔しくて、悲しいです」
イルカはあたしの腹部にうつ伏せていた身体を起こした。
「どうしてあの日あなたを追いかけなかったのか、死ぬほど後悔しました。あなたの手紙を見つけたとき、今まで生きてきてこんなに恐ろしいと思った事は無かった」
黒曜石の瞳にはみるみる水の膜が張り、静かに頬を一筋二筋と涙が流れる。
イルカは声を立てずにただ静かに泣いている。
胸が、痛い。なんて酷い事をしてしまったんだろう。
イルカのためなんて言い訳をして、本当はイルカがいつか自分から離れていってしまうんじゃないかと、怖くて・・・・。
あたしはあの夜自分の手の内を全て隠して、自分を納得させられる言葉を無理にイルカから引きずり出した。逃げ出すための口実を引きずり出した。
イルカの気持ちなんか考えずに身勝手にイルカから離れていこうとした。
正面から向き合う勇気を持てずにイルカを傷つけてしまった。
それなのに
「あなたに約束なんて求めません。傍にいてくれたら、それでいいです」
流れる涙をそのままに、イルカはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「だって、家族は約束して作る物じゃないでしょう?傍にいて、お互い慈しんで、いつの間にか家族になるんですよ」
イルカはぐいと自分の涙を袖口で拭うと、サイドテーブルの上からティッシュを何枚か抜き取った。ティッシュでイルカはあたしの涙と鼻水を丁寧に拭う。きっとアカデミーの子供達にいつもしてやっているように。
イルカと比べものにならないくらいあたしの顔はぐちゃぐちゃになっていた。
「あた、あたしでいいの?傍にいていいの?」
つっかえながら云うあたしをイルカは体重がかからないようにしてそっと抱きしめる。
「俺は本当にあなたを愛してるんです。だから俺の事なんかあなたの好きにしてください」
色恋に疎い素振りを見せながらイルカは突然に一撃必殺の技を繰り出す。
あたしは軽く眩暈を覚えた。
何故あたしの欲しい言葉がイルカにはわかるのだろう。
臆病なあたしにイルカは辛抱強く手を差し伸べてくれる。イルカは何処までもあたしを許して受け入れようとしてくれる。
胸が一杯でイルカにしがみ付く事しか出来ない。
「怖くて・・・・」
まるで自分の物とは思えない、弱々しい声だった。
「いつかイルカが、自分以外の誰かを選ぶんじゃないかって・・・」
「・・・馬鹿ですね」
いつの間にかベッドに添い寝する格好のイルカが答える。
「俺からあなたの傍を離れていくなんて事、絶対ありません。逆に、俺の方こそ心配なんですが・・・」
あたしの真横で腕を枕にこちらを見ていたイルカは神妙な面持ちになる。
さんこそ、俺でいいんですか。俺は、中忍だし。取り立てて顔もいいわけじゃないし・・」
「イルカがいいっ!!」
予想以上の大声にイルカはもちろん自分も吃驚してしまった。
でも。今こそ自分の想いを伝えなければ。
「イルカがいい!イルカじゃなきゃ嫌だ!イルカが大好き!」
とても30になろうとする女の科白とは思えない。けれども必死になるあまりどれだけ頭の悪い事を口走っているのか、自分ではこの時理解できていなかった。
あたしの決死の告白にイルカは本当に楽しそうに笑った。
「それじゃあ俺達、仲直りしましょうね」
仲直り。
ナルトは師の教えを忠実に守っているというわけだ。
いったん収まったあたしの涙と鼻水はまたもや堰を切ったように溢れ出す。
「イルカ・・ごめん、ごめんね。飽きたなんて嘘だよ。あの手紙も、忘れてほしいなんて嘘。時々でいいから、あたしの事思い出して」
「ああ、もう。わかりましたから。時々じゃなく、これからも毎日あなたの事を想いますよ。・・ほら、また鼻が・・・」
イルカは慣れた手つきであたしの鼻を拭く。ああ、鼻水まで拭かれる仲になってしまった。イルカになら将来怪我で半身不随になったとしても下の世話までも抵抗無く任せられるかもしれない。逆の立場ならあたしは絶対にイルカの下の世話をしてやろう。
あたしは頼まれもしない事を固く心に誓った。
お互いに目を赤くして、ふふふと微笑みながら見詰め合っていたその時、しわがれた声が二人の間に割り込んだ。
「お前達・・・何をしておる」
ベッドの足元にはお供の中忍、神月イズモを従えた里長が目を点にしてこちらを見ていた。
「ほ・・!火影さま・・・!!!」
イルカが慌ててベッドから飛び起きる。あたしは驚きのあまり渾身の力を腹筋に込めてしまった。
ビリ、と布を無理やり裂くような嫌な音がした。
「――――ッ!!!!!!」
「ああ!うわあああ!!さんっ!!!」
包帯を突き抜けて入院着の上にまで勢い良く血が染み出してきたのが見えた。それを最後にあたしの視界は暗転した。


外回りの上忍としては異例の一ヶ月という長期休暇をもらってしまった。傷が塞がるまで一週間は病院にいたのだが、その後あたしはイルカの部屋でのんびり療養をしている。
紅情報によると、イルカに詰め寄られた里長がしぶしぶ休暇の承諾をしたという事だった。
「イルカちゃん、火影さまの前ではそこらの上忍よりも強いわよね〜」
からからと紅は笑う。
更にもう一つ、紅情報によるとあの女の子は仕事を辞めてしまったのだそうだ。彼女なりに本気でイルカの事が好きだったのだと思う。あの子を傷つけた分、あたし達は幸せにならなくちゃいけない。
きっちり未開封の『久保田』をひっ掴んで紅は帰っていった。
慎ましく立ち並んでいる『一の蔵』と『十四代』は猫背の上忍に攫われる運命だ。
あたしが国外を飛び回って集めた可愛いお宝は心無い上忍どもに奪われてしまうけれど、イルカが傍にいてくれる。
多少身体の自由も利くし、細かな家事なんぞすることを申し出てみたがイルカに断固拒否された。イルカは真綿にでも包むようにあたしを甘やかしてくれる。イルカの手放しの愛情を、今は怖がらずに受け取る事が出来る。今は遠慮なしに甘えておこう。
嬉しい、ありがとう、大好き、と、語彙が貧困だと我ながら思うけど、心に思う都度あたしはイルカに伝える。その度にイルカは嬉しそうに笑みを浮かべる。
あと一時間もすれば買い物袋を手に下げたイルカが玄関に顔を出すだろう。お腹すいたでしょう?なんて言いながら。
あたしは噎せ返るような甘い生活の中で、今日も、明日も、明後日も、ひたすらに可愛い人の帰りを待ち続けるのだ。