いと つみぶかし 1
霧雨を長い間身体に受けて全身はしっとりと露を含んでいる。
ずぶ濡れになっている訳ではないが全身に纏わりつく水分は徐々に身体の熱を奪いつつある。
(これ位で身体を壊すほど柔じゃないけどね・・・・)
雨に濡れる位はたいした事ではないが、今は何点か悪条件が重なっている。
チャクラは限りなくゼロに近く、そして右足の腱の感覚がおかしい。
つまり、しばらくは自力で動く事が出来ない。
上忍師になってからの久しぶりのSランク任務だった。
鍛錬は怠らずにしていたつもりだったが、里内で暮らすうちに任務に対しての緊張感が薄らいでしまっていたのかもしれない。
任務は滞りなく終了したが、その後にかけられた追っ手を撒くのに少なからず苦労した。三方から放たれた飛び道具をかわし切れず右足首に柄の部分をまともに食らってしまった。
右足首を強打したのが刃の部分であれば自分は里に戻る事は叶わなかっただろう。
以前の自分ならこんなへまなど絶対しなかった。
(写輪眼のカカシも落ちたもんだね・・・・)
里内の微温湯に浸かりながら少しずつ内側から身体が腐敗していくような感覚にだいぶ前から苛立ちを覚えていた。
初めての部下となった子供達はそれなりに飲み込みも早く、可愛いと言えない事もない。
それでも、何故俺が、という気持ちを拭い去る事は出来ない。
突然に一線を退くように暗部から足を洗わされたと思えば、今度は上忍になって早々に下忍の指導にあたれときた。
ひたすらに上忍師を拒みつづけたカカシだったが、うちは一族の生き残りと九尾の器の子供を眼前に引きずり出され、上層部の無言の圧力によりとうとうカカシは里内に常駐する事を承諾したのだ。
全くもって自分の思うように事が進まない。かといって、それなら自分は何をしたいのかと問われればそれはそれで返答に困る。
カカシは里の大門をくぐり抜けてすぐの林の中、適当な木の下まで辿りつく事すら出来ずに力尽き、柔らかな草の上に長い手足を投げ出しひどく厭世的な気分でいたのだ。
灰色の空から途切れることなく落ちてくる霧雨を眺めていたカカシの視界を突然黒い影が覆い被さるように遮った。
「カカシ先生?」
仰向けに横たわるカカシの顔を真上から男が覗き込んでいる。
(誰だっけ、こいつ。・・・・・ああ)
「・・・・イルカ先生」
「はい、カカシ先生。こんにちは」
今受け持っている子供達の元担任だ。一度挨拶した事がある。どこにでもいそうな取り立てて特徴もない中忍だ。
相変わらず真上から顔を覗き込まれたままで、黒い影に包まれた表情は窺い知る事は出来ないが、どうやらイルカはにこりと笑ったらしい。
「誰かがいるような気がしたんです。良かった、来てみて。カカシ先生自力で動けないんですね?」
何が嬉しいのかイルカは非常に朗らかだ。
このあたりに用事があったとしても、何故林を通る公道から随分離れたこのポイントまでイルカは来たのか。身体の自由は利かないとはいえ、気配は完全に断っていた。一介の中忍に気付かれるほど鈍ってはいない。
訝しむカカシに構わずイルカはその完全に脱力したカカシの身体を抱えあげる。
「・・・・ちょっと、何?」
カカシに断りもなくイルカはカカシの身体を肩に担ぐと街中へ向けてさくさく歩き出した。
「ちょっと・・何処行くの?」
「病院、行った方がいいですよね?」
冗談じゃない。里の至宝とまでいわれた自分が平凡な中忍に子供のように担がれて往来に姿を晒すのか。いい笑いものだ。
「病院、行かなくていい」
イルカはピタリと足を止める。
「でもチャクラも切れているでしょう?ご自宅へお連れしても世話する人間が必要でしょうし。あ、うちに来ますか?」
カカシの返事も待たずにイルカは再び歩き出す。
「何で、そうなるの」
ホントに何でそうなるんだ。挨拶しかしたことの無い人間の部屋にどうして連れ込まれなきゃならない?
どうしてこうも自分の思うようにならないんだ。こんな平々凡々とした中忍一人すら自分の思い通りにならない。
「狭い部屋ですが、ゆっくり休んでください。カカシ先生が元気になられるまで責任持ってお世話しますから」
(この人、人の話聞く気ないね・・・・)
カカシはもう自分の人生全て諦めた気分になり、イルカに身体をがっくりと預けた。