「あのてこのて」





別に快も不快も感じない些細な事だった。
そんな些細な事が根気強いとも言える熱心さでほとんど毎日イルカの身に降りかかる。
降りかかるという表現も大仰だ。
子供だったら数回で飽きる位の他愛のない悪戯なのだから。
でも、子供だったらという話なのでイルカは考え込んでしまう。


「あ」
トイレから戻って受付所の椅子に座ろうとして、一度沈めた腰をイルカは浮かした。
「どうした?」
尻を押さえるイルカを不思議そうに同僚が見上げる。
イルカが椅子の上を見てみるところりと、直径2、3センチほどの石が転がっていた。
「なんだあ?何処から入ったんだろな」
「・・・ほんとにな」
窓の外に向けてイルカはその石を放り投げる。
その石は尻の下にあったなら異物感は感じるだろうが、角は全て取れ表面は滑らかで、どれほどに急いで座った所で青痣がつくことも無いだろう。
注意深く選ばれた石だ。
ふう、とイルカはため息をつく。
「何なんだろう・・・」
「ん?さっきの石か?」
「んー・・・」
「ははは。子供って面白いこと考えるよな」
楽しげに笑う同僚を前にイルカは複雑な心境になる。
さっきの石は、別にアカデミーの生徒の仕業ではなく、子供と呼ぶには育ちすぎている人物の仕業だ、きっと。
でもその人物は、まるで野良猫のように気配を漂わせつつもこちらが近付こうとするとふっと行方を眩ます。
知り合ったのは子供達を介してで、ナルト達の上官にならなければきっと話をする機会も無かったはずの雲の上の人。
初めて挨拶を交わしたときもその人は極端に口数が少なく、その異様な風貌にこちらも圧倒されて会話が弾むことなど全く無かった。
その後、公の場で言い合ったりもして嫌われているのかとさえ思っていた。
だから最初はささやかな、くだらない、悪戯ともいえないちょっかいの数々があの人とは結びつかなかった。
しかし、嘘だろうとその考えを否定しようにも、はっきりと主張してくるその気配は明らかにその人のものだった。
何度払っても椅子の上に置かれている石。
スーパーで買い物をしていると覚えのない物が買い物カゴに入れられていたり。
それが茄子が多いのは好物か何かなのか・・・。
授業中、黒板に板書しているとよく小さな紙くずが後頭部にめがけて飛んでくる。
それは子供達の方角からではなく、開け放たれた窓の外から。
高名な忍、里の誉れと謳われるあの人がこんなことをする理由はいくら考えてもイルカには思い当たらない。
気付いて欲しいとしか思えないのだが、声をかけようとすると瞬く間にその人物の気配は掻き消えてしまう。
何か自分に用があるのだろうとは思う。しかし、イルカが尻尾を掴ませようとしないカカシを追うのは難しい。自分は中忍、相手は上忍。
最初の一週間はイルカも躍起になってカカシを探そうとした。そしてこの一週間はカカシ探索は諦めて全くの受け身になり、カカシの行動を甘んじて受け入れている。
最早カカシの行動は奇行と呼んで差し支えないだろう。
快も不快もない。ただ、不思議だなとイルカは思う。
そして今夜も一本。
買うつもりも無かった茄子をイルカは買わされる。
あたりを見回したところで目につくような場所にその人物はいない。
気配ははっきりと悟らせるくせに、絶対に姿をイルカの前には現さない。
一人分の惣菜数品と茄子一本が入ったビニール袋をぶら下げて、イルカはのんびりとアパートまでの道を歩く。
ふと思いついてイルカは明るく輝く月を振り仰いだ。
「・・・・はたけ上忍?」
イルカの呼びかけに気配は逡巡している。
「茄子、一緒に食いますか?」
野良猫と仲良くなりたければ、不用意に近付いてはいけない。
じっと向こうが近付いてくるのを待たなければ。
仲良くなりたいのか?
自分自身の考えも良くはわからないが、この二週間ほどしつこく繰り返される不可思議な働きかけの理由を問うてみたい欲求は確かにある。
月明かりに照らされてたっぷり五分ほど立ち尽くしていると、がさりと背後の茂みから物音がした。
後ろに居たとは。全く場所の当たりをつける事が出来なかった。
うっそりと姿を現したカカシは相変らずの無表情で、やはり何を考えているのかイルカにはさっぱり分からない。
星に手が届きそうに近い、夏の終わりの夜だった。



カカシ視点とイルカ視点、交互に入れ替わります。
次はカカシ視点。






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