「聞こえる」






アカデミーという場所には生まれてこの方縁は無かった。
それが上忍師という立場を押し付けられて里に常駐するようになると、里の中心に重要な施設が集まっている為、受付所、上忍待機所、そして火影の執務室に隣接しているアカデミーは自然とカカシにも近しい場所となった。
実際に子供を三人預かることになってこの所カカシは毎日のように火影の執務室に呼びつけられる。
里外の任務からもしばらく外される事になり、今までの生活が嘘のように暇になったカカシは火影に呼びつけに真面目に応え執務室のドアを毎日叩いた。
その火影の用事も済んでしまえばカカシは何もする事が無くなる。
執務室からの帰り道、アカデミーへと続く渡り廊下でカカシは毎日ぼんやりと校庭をを眺めていた。
まだ日も高い昼下がり。
わらわらと犬の子のように子供達は校庭を走り回っている。
年の頃は六つか七つか。
その頃には自分は既に中忍になっており戦地を駆け回っていた。
こんな人生もあったのかもと、益体も無い事をカカシは考えてみた。
しかしその想像は上手くいかず再び目線を校庭の子供達にカカシは戻す。
大人の言うことを聞くよりも目先の楽しさにまだまだ心を奪われる年齢だ。
子供達が所狭しと校庭いっぱい駆けずり回る中、その子供達を何とかかき集めようと一人の大人が奮闘していた。
多分アカデミーの教師だろう。
大声を張り上げている様子の教師を前に子供達が徐々に一所に集まっていく。
そんな最中最後までふざけて走り回っていた子供が教師の真後ろで他の子供と正面衝突した。
お互いに尻餅をつくと子供達は盛大に大口を開けて泣き始めた。
なんとも、平和だ。
時代が違うのだから仕方が無いのだろうが、自分が幼い頃は子供のままでいる事を周りが許してはくれなかった。
一瞬でも気を抜けば、すぐ目の前に死が迫る。
今思えば四代目の厳しい指導はきちんと自分の事を慮っての事だったと分かる。
容赦なく自分の指導に当たってくれた四代目と目の前のアカデミー教師は対極の位置にいる。
時代が変われば指導方法も変わるだろう。特に感慨も無く、カカシはぼんやりと校庭を眺めつづける。
見れば衝突された生徒を教師は抱き上げて、もう一方のふざけていた生徒には雷を落としているらしい。
子供の高い泣き声が微かに風に乗って届く。
しかし、それもすぐに収まった。
教師は更にふざけていた子供も自分の首にしがみ付かせて抱き上げる。
二人の子供を首に齧りつかせながら、教師は何やら他の子供達に指示を出したらしい。
子供達は二人一組になって短い手足をばたつかせて、体術の組手らしいものをし始めた。
瞬く間に子供が泣き止むような、どんな言葉を教師は子供に言ったのだろう。
二人の子供を抱き抱えた教師は一粒の砂も取りこぼさぬように大きく両手を広げているように見えた。
あの教師なら、きっと、出来る者も不出来な者も全てを掬い上げようとする。
多分、あの教師が見ているのは技術や忍としての素養ではなく、人間の本質そのもの。
「怖いな」
突然にカカシは思った。
情が深くて、人を怖がらない。
カカシが一番苦手とするタイプだ。
「ああ、いやだいやだ」
ひとりごちながら、カカシは止めていた足を動かし始めた。
きっとこの平和な里にはああいうタイプがわんさと居る。
そしてそういった人間は無自覚に他人を振り回すのだ。
用心していたはずなのに。

「はじめまして、はたけ上忍」

自分の名を呼ぶ声を、聞いてしまったのだ。
やっと若葉が芽吹きだした、ある春の日の出来事。









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