「快楽主義」








拍子抜けするほどに素直に、カカシはイルカの後を付いてきた。
「あの、狭い所ですけど」
ちゃぶ台の周りに散らかった仕事の書類をイルカはざざざと部屋の隅に寄せる。
薄い座布団を勧めると所在無さげにカカシはその上で長い足を折る。
聞きたいことは山ほどあったが、茄子を出汁にカカシを誘ったのでイルカはまず夕食の準備に取り掛かかった。
「茄子、天麩羅にでもしますか」
するとカカシは胡乱げな様子が一変して、二度鋭く首を振った。
「味噌汁で・・・・」
「わかりました」
買ってきた一人分の惣菜ではおかずが足りない。
もう一品、品数を増やそうとしたのだが天麩羅はカカシに却下された。
だが何でも良いと言われるよりはかえって味噌汁とはっきり要望を言ってくれた方が料理上手とは言えないイルカは助かる。
白菜とキュウリの漬物と、昨日買っておいた安く出回り始めた秋刀魚二匹、茄子の味噌汁と、一人分の肉じゃがと一人分の青菜の胡麻和え。白飯はたくさんあるので、何度もお代わりをしてもらおう。
「こんなものしかありませんが」
「・・・いただきます」
カカシは手甲を外して行儀良く胸の前で手を合わせた。自分の無骨な傷だらけの手とは違い、カカシの手は真っ白で指はすらりとしていて形が良かった。
カカシはその細い身体からは想像もつかないほどにたくさん食べた。明日の自分の朝食の分にと目論んでいた茄子の味噌汁はなくなってしまった。
「粗茶ですが」
「どうも」
食後に出されたお茶をカカシはのんびりと啜っている。
カカシの態度は普段と変わりが無さ過ぎて、ここが自分の家だということをうっかり忘れそうになる。
知らずに畏まり正座していた足をイルカは崩した。
それにしても、カカシの素顔を初めて見たイルカは驚きを隠せない。
噂に違わず、はたけカカシは物凄く整った顔立ちをしていた。
同性からみても鑑賞に耐えうる顔をしている。
男に対して言うのはどうかと思うが、さっき見た白魚のような手といい、今惜しげも無く晒されている秀麗な顔といいビンゴブックに載るほどの忍だとは失礼ながら到底思えない。
その容貌を隠す為に胡散臭い格好を普段はしているのかな、とイルカは思った。
カカシは少し目線を下げて、胡座をかいたままちゃぶ台の湯飲みを見つめている。イルカは湯飲みを見つめているカカシにしばし見惚れていた。
さて、遠くからこちらを窺っていた野良猫を家に招きいれたはいいが、これからどうするか。
食事をする前もした後も、カカシとイルカはろくに会話を交わしていない。
ちゃぶ台を挟んでしばし無言で二人は向き合っていたが、イルカは日頃から抱えていた疑問をぶつけてみる。
「あの・・・」
「はい」
「あの石とか・・・・何なんですか?」
しつこくしつこく、イルカがふと席を外すと椅子の上に乗せられている何の変哲もない石とか。
授業中に飛んでくる小さな小さな紙くずとか。
「何の事ですか」
ここにきてしらを切るつもりなのか。
「茄子、お好きなんですか」
コクリとカカシは頷く。
「だから、俺の買い物カゴに?」
「あっ」
しまった、というように一度目を見開いてからカカシはすぐに目を伏せる。
この人は一体何がしたいんだろう。
イルカの疑問は増すばかりだ。
とにかく、このように構われるという事はカカシは自分に何か言いたい事があるはずだ。
良い大人なのだから用があるなら口頭で言って欲しい。
子供のような悪戯を繰り返すカカシはやっぱり変わっている。突出した才能を持つ人間が考える事は一味違うという事なのだろうか。
「何か、俺にお話でもあるんでしょうか」
「別に・・・・」
何が面白いのか、カカシは湯飲みから視線を外し、今度は膝元の毛羽立った畳の目を見つめ続けている。
「何も無いんですか?」
伏せられたカカシの目元が何故か少しずつ赤らんでいく。
辛抱強く話を聞きだそうとしているうちに、イルカは何となくアカデミーの生徒にでも接している気分になってきた。
こうしてお互いが無言でいる間もどんどんとカカシの目元は赤くなっていく。
カカシは肌の色が白いので、肌に赤味が差していく様はまるで授業で化学反応の実験をしているかのように劇的だ。
「熱・・・?」
イルカにとってそれは全くの無意識の行動だった。
熱はどのくらいあるのか。
扁桃腺は腫れているのかいないのか。
子供たちが熱っぽい顔をしていると必ず行なう確認。
首筋に手を添えて髪をかきあげるようにして額を押さえる。
ビクリとカカシの身体は大きく揺れた。
その瞬間イルカもハッと我に返る。
「す、すみません」
すぐにイルカは両手を離したのだが。
「なんてこと、するんですか・・・」
その頃にはカカシは、はっきりと赤面していた。








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