「フイウチ」








名前を呼ばれると、どうしようもなくなる。
ドクリと心臓が跳ねて息が詰まる。
息が詰まるのでろくに言葉も紡げない。
それははじめて挨拶を交わした時からそうだった。
あの時校庭にいた教師だと頭の天辺で揺れる黒い尻尾ときびきびとした動作ですぐに分かった。
ほらやっぱり。
ああいう人間は無自覚に他人を振り回すのだ。
イルカの前だとどうしてか普段の自分では居られない。それがひどく落ち着かない。
(いやだ)
イルカの気配を感じると条件反射でそう思ってしまう。
部下達が無邪気にその人にじゃれ付くのでスッパリと距離を離すことも出来ない。
そう多くも無いが接する機会はどうしても出来てしまう。
けれどもこちらが一方的に振り回されるなんて面白くない。
なので何とはなしに始めた些細な悪戯。
あまりにもささやか過ぎて最初はイルカに気付いてもらえなかった。
気付いてもらえるように、徐々に自分の気配を強く露わにしていく。
何回目かにようやくイルカは小石や紙くずが意図的なものだと気付いてくれた。
イルカが誰の物とも知れない悪戯に気付いて少しでも溜飲が下がればと思っていたのだが、いざイルカがその悪戯に気づいたときに感じたのは、何とも言われぬほっこりと胸の内側が暖かくなるような感覚だった。同時に感じたえも言われぬ高揚感。
最初は特に考えも無しに始めた悪戯だったが、いつしかカカシは異常なほどのマメさでイルカにそれを仕掛けるようになっていた。
自分の行動のおかしさを自覚したのは不意にイルカに名前を呼ばれた時。
星が降りそうな夜だった。
イルカは自分の仕業だととっくに気付いている。
だって自らわざと気配をイルカに知らしめていたのだから。
子供でもあるまいし何故こんな事に夢中になっていたのか。
ざっと血の気が引いた。
自分は一体今まで何をしていたのだろう。
なんて馬鹿なことを。
イルカだって頭がおかしな上忍だと、迷惑に思っているに決まっている。
ああ、この次からどんな顔をしてイルカに会えばいいのか。
とにかく極力受付所には近寄らないようにして・・・・。
「茄子、一緒に食いますか?」
ギクンとカカシの心臓が跳ねた。
こちらに背中を向けたままイルカがカカシに声をかける。
イルカはカカシが現れるのをまだ待っていた。
クリアしなければならない局面はこの次の受付所ではなく、まず今この場なのだ。
カカシは鉛のように重くなった手足を苦労して動かしイルカの前に姿を現した。
現場を押さえられた犯人とその被害者、といってもおかしくない状況だったのだがイルカは普段と変わらない態度でカカシに接した。
対してカカシにはそんな余裕など無く、今すぐ家に飛んで帰りたくもあり、何故かそれとは反対にこの場から離れがたいという想いもあり。
とにもかくにも、カカシは混乱していたのだ。
イルカが用意してくれた夕飯を残すまいと必死に口内に詰め込んだ。
茄子の味噌汁は好物だったのだが味が良く分からなかった。
今までしつこく仕掛けてきた悪戯について聞かれると、羞恥のあまりみっともなく弁解しそうになる。
弁解するといっても、悪戯の理由など自分自身も良く分からないのだから答える事も出来ない。
イルカの顔を見る事が出来ずに意味も無く畳の目を数える。
どうしよう、どうしようと、混乱も頂点に達しようという時。
首筋と額が火傷をしそうなほどに熱を持った。
そこにイルカが不意に触れたからだ。
何故この人はいつも、予測がつかない動きをするのだろう。
イルカの手が離れていってもイルカの熱が移ったようにカカシの身体全体は火照ったままだ。
ドクドクと全身が脈打つ。
なんて体温が高い人だ。
違う。
熱いのは、体温が高いからではなくて、イルカが触れたからで。
触れられた個所からどんどんと全身に熱が広がっていく。
そうか。

「好きだからなんだ」

気付きは突然だった。
そうでなければ、これほど心囚われて振り回されたりなんかしない。
自覚した瞬間には驚きに目を見開いたままのイルカを押し倒して強引に口づけていた。










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