「好きも嫌いも」






下位の者が上位の者に手を上げるなど、自殺行為だ。
それなのに殴ってしまった。思い切り握り拳で。
何をするんだと怒号を浴びせながら。
殴る前に相手の足の辺りを蹴り上げたような気もする。
でも正当防衛だ。
里内では伽の強要は禁じられているのだから。
愕然とすると同時にイルカは瞬時に激昂した。
「いきなり何をするんですか!」
避けることも出来ただろうに、カカシは大人しくイルカに蹴り上げられ殴りつけられた。
「すみません」
しかし強引なキスを仕掛けてきたクセに、あっさりと素直に謝るものだからそれ以上イルカも何も言えなくなる。
頬を押さえながらキッチリ正座をして項垂れるカカシをイルカはどうしたものかと眺めていたのだが、ため息を一つ零すとイルカは台所から濡れタオルに包んだ氷を持ってきてカカシに手渡した。
「それ、腫れますよ」
「大丈夫です。口布あるし」
ピントがずれた答えをカカシは返す。
濡れタオルで頬を押さえたままカカシは黙り込んでしまう。
とにかく、圧倒的に言葉が足りないのだ。
カカシは一体どうしたいのか、自分に何を求めているのか分からない。
先程のように自分に無体を強いることの出来る、立派な体躯で力もあるいい大人だと分かっているのだが、いざ目の前で困り果てたように俯くカカシを見ていると自分の気持ちを持て余している感情表現の下手なアカデミーの生徒とカカシの姿が重なる。
今夜は散々カカシを質問責めにしたというのに、カカシの考えを引き出す事が全く出来ていない。
カカシから仕掛けられた口付けのことなどイルカの頭からはあっという間に消え去っていた。
先程の口付けは性的な匂いを醸し出すにはいささか必至すぎた。カカシを動かした衝動は何だったのだろう。
自分に対して突拍子も無いことばかりするカカシの本心を知りたいとイルカは思った。
相手の質問に上手く答えられない子供は、質問された相手に失望されないかと臆病になっていて思った事を言えないのだ。
だからそういう時は、その子供を安心させてあげなければならない。
「怒っていないですよ。ビックリしましたけど」
カカシがゆっくりと顔を上げてイルカを見る。
それからイルカはカカシが自由に話し始めるまで待った。
「さっきは、すみません」
「はい」
「順番、間違えました」
「順番・・・」
カカシは思い切り息を吸い込んだものの、イルカと目がかち合うと二、三度無言で口を開閉させ、肺一杯に吸い込んだ空気を無言で吐き出した。
何やらイルカにもカカシの緊張が伝わってきて、掌にジワリと汗が滲んでくる。
「あの・・・」
「はい」
「あの、今日気付いたんですけど」
「・・・・」
ゴクリとカカシが生唾を飲み込んだので、イルカも思わず釣られてゴクリと生唾を飲み込む。
「ずっと、俺は・・・あなたが好きだったようです」
越え難かった壁をカカシはどうやら突破したようだった。
それからは迷いの無い目でカカシはイルカをしっかりと見た。
「あなたが好きです」
まったくもって。
思いもよらない告白だった。








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