「籠の中の鳥」
あれ以来カカシはイルカの前から身を隠していた。
あの夜、カカシが一方的に告白した後。
最初、イルカは唖然として固まっていた。
それはそうだろう。
男から告白されて、はいそうですかと受け入れられる訳が無い。それに、別にイルカに何かをして欲しいわけじゃない。
すみません、忘れてください。
そう言ってカカシは帰るつもりだった。
目線を上げ再びイルカを見やると、イルカは真剣な面持ちでこちらを見返していた。
困らせたくは無い。
誰に対しても優しい人だから、断わりの言葉を言いあぐねているのだろう。
早く、何か。
そう思うカカシよりも早く、イルカが口を開いた。
「あの・・・。ありがとうございます」
「・・・・」
イルカは好きの意味を取り違えているのだろうか。
いや、まさか。無理矢理に口付けたというのに。
「ただ、少し。考えさせてください」
イルカの返事にカカシはひどく動揺した。
舌の根が乾いて、喉がくぅと妙な音を立てて鳴る。
「はたけ上忍?」
イルカの声に弾かれるようにして、カカシはイルカの前から何も言わずに逃げ出した。
大切な物はいつも最後には消えてなくなった。
今まで生きてきて手元に残った物は何も無い。
だから最初から何も持たない方が良い。
この次に何かを失ったら、その喪失感に耐える事などきっと出来ない。
臆病な自分に比べてイルカはどうしてそんなにも強いのか。
イルカとて、別れを、喪失を、味わった事があるだろうに。
その痛みを知ってなお、イルカは人との繋がりを怖がらない。
限りある両腕いっぱいに生徒達、同僚、その他、親しい者達との深い交わりを抱えながら自分にすら手を伸ばそうとする。
イルカは自分よりもずっと、しなやかで強い。
だからカカシは惹き付けられて止まなかったのだ。
拒絶する事なく、イルカは自分との今後を真摯に考えてくれようとした。
しかし自分に向けられそうになった暖かな手を前に、カカシは足が竦んでしまった。
イルカはどんな立場であれ自分が傍に落ち着くことを許してくれる。
どんな形であれ、自分の居場所を作ってくれるだろう。
きっとイルカの隣は暖かで、居心地がいい。
けれどカカシは、拒絶されるよりも受け入れられる方が恐ろしいのだ。
一度その温もりを知ってしまったらもう一人で生きていくなど出来そうもない。
一人でいること、孤独でいることはカカシの心に鎧を纏わせているのと同じ事だった。
そうすれば、痛みも恐怖も感じることが無いから。
外界からの刺激を全て断つカカシの世界は歪んでいるのだと自分でも自覚している。
けれども、暖かな人との交わりが広がる世界への扉が開放されても、カカシはどうしてもその一歩が踏み出せないのだ。
扉の外には魂が解放されるような、自由な世界が広がっているのだろうけれど。
断わってくれたら良かったのに。
手に入るかどうかすらまだわからないというのに、手に入る前から大切なものが喪われることが恐ろしくて仕方が無い。
イルカは怖い。イルカはいやだ。
それでも自分でも理解せぬまま持て余す想いに抗えずイルカに近付いてしまった。
そして、かけがえの無い大切な物が再び手に入るかも、その可能性がチラリと顔を覗かせただけでカカシは怖くて逃げ出してしまった。