「今晩の献立」






あれだけ気配をだだ漏れにさせていたというのに、今度は掌を返したようにカカシは一切の気配を断ってイルカの前から姿を消してしまった。
まさかあの悪戯の数々の延長線上に自分への好意があったとは思わなかった。
驚きはしたが、少し声を震わせながらも告白してくれたカカシにイルカは少なからず心を打たれたのだ。
同性から告白されたのは初めてだったが、カカシを受け入れる事が出来るのかどうか考えてみようと思うほどには・・・。
あの夜、いつもと変わりない飄々とした様子にカカシは見えたが、本当は初めから緊張しっぱなしだったのではないか。
自分の一挙一動に、神経を尖らせていたのかもしれない。
最後にはカカシは無言でイルカの部屋を飛び出していった。
カカシの告白に真摯に応じたつもりだったが何かまずい事を言ってしまったのだろうか。
次の日から悪戯はぱたりと止み、イルカが居る時間は受付所にもカカシは姿を現さない。
任務の予定表を確認すると里内に居るに違いないのだが。
他愛の無い悪戯。
決して仕事の邪魔にはならない些細な悪戯。
カカシなりの精一杯の、自分へ対するアプローチだったのか。
今まで毎日カカシの存在を近くに感じていた。
「どうした、浮かない顔して」
「・・・そうか?悪い」
同僚に声をかけられるまで、顔に出ているとは思いもしなかった。
「悪戯が、無くなった」
「んー?教師離れしたんだろ。いつまでも子供じゃないんだからな」
同僚が慰めるようにぽんぽんとイルカの肩を叩く。
「でもまあ、寂しいよな。俺の子供なんかさー」
隣で延々と同僚が自分の子供の話をしている。
それをイルカはぼんやりと聞き流していた。
「うん・・・寂しい」
自分は寂しかったのか。
じんわりとイルカの中で実感が湧く。
あの不器用な人は、カカシは、今どこで何をしているのだろう。


日中はまだ夏の名残があるけれど、日が落ちれば気温はかなり下がる。
腕まくりしていた忍服の袖を手首まで下ろして、イルカはアパートまでの道をいつものように急ぎもせずに歩く。
途中のスーパーでいつも通りに安くなった惣菜を一人分買う。
今夜の夜空はすっきりと澄んだ秋の夜空で、あの日から数日しか経っていないのにとイルカは驚く。
あの夜から、事態は少しも進展していないというのに、イルカにおかまいなしに季節は移ろっていくのだ。
例えばこのまま、カカシと会う事が出来なくても。
一体どれくらいの期間を。数ヶ月か、一年か。
もしかしたら、一生。
「はたけ上忍・・・・」
焦燥感とも、怯えとも取れない、識別不可能な感情がいきなりイルカの中で膨れ上がった。
「は・・・はたけ上忍!」
イルカは夢中で人影も無い前方に向かって叫ぶ。
「カカシ先生!!」
僅かに気配が揺れたような気がする。
「カカシ、さん・・・!!」
がさりと小さく頭上の木の枝が揺れる。
次の瞬間には音も無くカカシがイルカの前に降り立っていた。
イルカは衝動的にカカシに掴みかかる。
「俺・・・!別に茄子は好物でも何でもないんです!でも、嫌いって訳でもないんですけどっ。もう、秋茄子が出回ってて、買ってきたんで食べますか!!買っちゃったんです!」
それはまるで怒鳴り声のようだった。
「・・・はい・・」
小さくポツリと。
イルカの荒い息にさえかき消されてしまいそうなほどの小さな声でカカシが応えた。
しっかりとイルカに両腕を拘束されて、カカシは困り果てたように眉尻を情けなく下げている。


アパートまでの道行き、イルカはカカシの忍服の袖を掴んで離さなかった。












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