「おうちにかえろう。」
歩くたびにズチャと粘着質な音が立つ。
サンダルの底が土を噛むたびにグシュグシュと重く纏わり付く他人の血が耳障りな音を立てるのだ。
「取りあえず、風呂・・・」
全身に泥と返り血を浴びて、カカシは酷い有様だった。
久しぶりのSランク任務はその内容に思わず眉間に皺が寄ってしまったが、いざ着手すると動き方は身体が覚えていた。
張り詰めた緊張感と生臭い人血の中で、その場所に懐かしさを感じる自分はやはりろくでもない人間だ。
日の当たる場所にも、随分と順応できたと思っていたのに。
ピリピリと肌を刺すような空気がしっくりと身体に馴染み、頭で考えるよりも先に手足の筋肉が反射的に収縮する。
任務は滞りなく完了した。
里の大門をくぐった頃には、日はすっかり暮れていてカカシはホウと溜め息をつく。
こんな血に塗れた姿で里内を歩く事など出来ない。
カカシが気にするのは人の目につかないか、というこの一点だけで血に濡れて汚れている事に関しては自身は頓着しない。
今まではむしろ小奇麗に服装を整えている状態のほうが珍しかったわけで、今のドロドロに汚れた姿を特に不快だとは思わない。
グチュと、水音が立つ度にカカシのサンダルの底の形がアスファルトに張り付く。
人血で出来た足跡は清掃の行き届いた道にはそぐわなかった。
血に濡れた足跡と月に照らされて真っ白に発色するアスファルトを見てカカシは少し感傷的になる。
本当に似合わない。
まるで自分とイルカのようだ。
少しの間里に暮らしただけで、自分も日の光の中に居て良いのかと勘違いしてしまった。
平和な里が具現されたような存在のイルカに惹き付けられて止まなかったのは、手に入らないと分かっていたからかも知れない。
自分の家まで後少しという所でカカシはぎょっとして立ち止まる。
あまりに無防備に気配を垂れ流しているのでその辺の犬か猫かと思った。
まさか人だとは思わなかった。
玄関のドアに背を預けて誰かが座り込んでいる。
「イ・・・」
ズチャと、一際高く不快な音が立った。
その途端に天辺に結い上げた髪を勢い良く揺らして座り込んでいた人間が立ち上がった。
「カカシさんッ・・・・」
バクバクと心拍数が跳ね上がり、心臓が口から出てきてしまいそうだ。
カカシの足は瞬時に地面に縫い付けられてしまい、戻る事も進むことも出来ない。
「カカシさん・・!」
イルカは躊躇いもせずに泥と血で汚れたカカシの腕をしっかりと掴んだ。
「け、怪我は・・・・」
イルカはカカシの全身が血塗れている様を見て顔色を無くす。
「・・・すみません。気持ち悪いですよね」
こんな汚れた身体に触れさせてしまいカカシは申し訳なく思ったが、イルカは更に強くカカシの腕を掴む。
「てっ・・、手当てを!」
「いや、あの」
「早く、家にっ・・・」
自分の家だというのにイルカに先導されてカカシは家の門をくぐった。
大丈夫なのだ、自分は全く無傷だから、と。
伝えようにもカカシはかなり気が動転していたし、イルカもカカシに負けず劣らず取り乱していた。
イルカはカカシの腕を引っ掴んだままカカシの家の中を右往左往し、ようやく浴室を見つけるとその中にカカシを押し込めてカカシの服を脱がそうとまでする。
「イ、イルカ先生。大丈夫ですから・・・・これ、全部返り血だし・・・」
途切れ途切れに無傷である事だけは何とかイルカに伝えると、イルカは脱衣所の床に脱力してへなへなと座り込んだ。
「あの、お構いも出来ませんが。居間で待ってて下さい。飲み物は冷蔵庫から適当に好きなものを・・・」
イルカはゆらりと立ち上がるとカカシに無言で頷く。その表情は俯いていてカカシには窺えなかった。
トタトタと居間へ歩いていくイルカを見届けると、カカシは手早くシャワーを浴びた。
汚れを洗い流すと頭も身体も軽くなったが、心は少しも落ち着かない。
自分の家の中だというのに居間に引き返すのは勇気が要った。
イルカは一体何をしに来たのだろう。
アンダーウェアだけ身につけて、濡れ髪のままでカカシは居間に戻った。
無機質な居間に唯一置かれた家具であるソファにイルカはぼんやりと座っていた。
「どうぞ」
ビクリとして振り返るイルカにカカシはペットボトルの水を手渡す。
「どうして此処が分かったんですか?」
「ナルトに教えてもらいました」
忍の個人情報を何だと思っているんだ。
明日はこってりとナルトをしぼってやらなければ。
「何か、用事でも?」
「はい・・・」
まあ、そうだろう。
何か用事が無ければイルカが自分の家にまでくるわけが無い。
「わかりました。それで、用件は?」
正面に座るカカシをイルカはしばらくじっと見つめていたが、やがてくしゃりと顔を歪めた。
まるで泣き出すのを堪えるかのように。
「どこにも、怪我はしていないんですね」
「はい」
「おかえりなさい・・」
「・・・はい」
そんな目で見ないで欲しい。
まったく、イルカは人が良いにも程がある。
自分の身を案じてくれていたのかと、自分の帰りを待ちわびてくれていたのかと、また勘違いしそうになるじゃないか。
だから次に潔くイルカが言い切った時には、カカシは逆に安堵したのだ。
「俺は、カカシさんの想いには応えられません」
「・・・うん。分かってます」
「だって、俺はカカシさんに同じ気持ちを返すことは出来ませんから」
「うん・・・。ありがとう」
イルカが俯いた拍子に、イルカの手の甲で目端から落ちた雫が跳ねて小さく飛び散った。
辛い事を言わせてしまった。
けれども、それはイルカが真剣にカカシの想いに向き合ってくれた証拠だ。
ああ、嫌いになどなれない。
カカシが思うよりも、イルカはずっとずっと人を思いやれる人間だ。
「泣かないで、ありがとう」
イルカが涙でグシャグシャに濡れた顔を上げる。
その顔すら愛しいと思うのだからどうしようもない。
涙を拭ってやって抱きしめたいと思うけれど、それは自分には許されていない。
「でも、カカシさんの無事を、願わない日はありませんでした・・・」
しゃくりあげながらイルカが懸命にカカシに言う。
「あなたが帰ってきてくれて、嬉しいです」
「そう・・・」
イルカの優しさが嬉しくて、痛い。
その程度まではイルカの心の中にカカシは居住権を得たということか。
それで充分だと思わなければ・・・・。
「最後に別れた夜から、俺はカカシさんのことばかり考えていて。傍に居ても居なくても、あなたの事で頭がいっぱいで何も手につかなくて」
「うん」
「あなたが任務に就いていたと知った夜からは、毎晩あなたの帰りを、あなたの家の前で待ちました」
「・・・・」
「もう、最近は食事も喉を通らなくて、あなたに何かあったらと思うと、眠る事さえ出来なくて」
「・・・ちょっと、待って」
落ち着きを取り戻したはずの心臓が、ドクリと、再び大きく脈打ち始める。
イルカは、自分が何を言っているのか分かっているのか。
「もし、二度と会えなかったらと思うと怖くて堪らなくて!どうにかなってしまうかとっ・・・」
「イルカ先生・・・!!」
全身の血が沸騰したかと思った。
こんな激しい愛の告白を、今まで一度だって聞いた事は無い。
気がつけばカカシはイルカを力任せにフローリングの床に押し倒していた。
同じような場面がフラッシュバックする。
あの時は思い切りイルカに殴られた。
なんて自分たちは不器用で、要領が悪いのだろう。
イルカの身体に触れる自分の手が笑えるほどに震える。
深く口付けながらイルカの雄に触れればそこは固く張り詰めていて、カカシを拒んではいないと分かる。
ズボンの前をくつろげて引きずり出そうと、イルカの性器に直接触れただけでイルカは達してしまった。
それを恥じてカカシの胸を押し返そうとするイルカに、カカシは自分の猛った性器を布越しにイルカの太腿に押し付けてみせる。
俺も同じです、と耳元で囁けばイルカの可愛らしい抵抗は瞬く間に収まった。
イルカの吐き出した精を潤滑剤の代わりにして、余裕無くカカシはイルカの中に押し入った。
ろくに解しもしないイルカの後口はきつくカカシの性器と噛みあって、イルカにも少なからず痛みを与えただろう。
しかしイルカはいつ終わるとも知れない律動を健気に受け止め続け、決してカカシに止めてくれとは言わなかった。
背中に回されたイルカの腕から際限なくカカシの身体全体に熱が伝わる。
何度目かの吐精をして、カカシがようやくイルカを解放すると辺りはすっかり明るくなっていた。
汗とお互いの体液でドロドロになったイルカをカカシは背中から抱きこむ。
同性とのセックスは始めてだっただろうイルカはやや呆然としていて、強引過ぎたかとカカシは少し不安になったが、カカシの腕にしがみ付くようにしてイルカがカカシの胸の中に収まったので、カカシは安心して身体の力を抜いた。
死ぬなら今がいいな、などと物騒な事を思いながら。
「俺、カカシさんが好きだったんですね・・・」
今更ながら、耳を真っ赤に染めてイルカが告白する。
胸がいっぱいで満たされすぎて、カカシは何も言う事が出来ない。
肉が落ちて細くなったイルカの腰を抱えなおしながら、この次は真っ直ぐにイルカのもとに帰ろうとカカシは思う。
イルカに二度と眠れぬ夜が来ないように。
イルカがこれからは、眩しい笑顔を自分にも見せてくれるように。
鈍いクセに繊細で、底が知れないほどに大きな優しさを持った愛しい人のもとへ。