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「明らかに、霊力が高まったとしか思えない・・・。そうですね?白龍」
重い空気を打ち破るように弁慶が口を開いた。
梶原邸の一室には主の景時、そして弁慶、九郎の他に珍しく白龍が席を共にしていた。
「うん、そうだね。都全体を覆う呪詛の力は弱まっていない。逆に怪異はどんどん町中に溢れてきている。龍脈の歪みも変わりは無い。けれど、この場だけは五行の力が高まっている」
いつもの仄かな笑みを絶やさずに白龍は答える。
白龍はこの場、と限定した。
「五行の力だけじゃない。大気や、木々や、私たちを取り巻く全ての生けるものの息吹が力強く感じられるね。共鳴している」
「その原因を白龍は知っていますね」
弁慶の問いに白龍は頷く。
「だよ。正しくはの中にいるものだね」
時は数日前に遡る。
梶原邸の中庭の方角から突然に鋭い悲鳴が聞こえた。
それに被る様にして獣の咆哮が轟く。
景時が渡殿から裸足のままで中庭に向け飛び出すと、既にその前方を弁慶が黒衣を翻して駆けていた。
邸に居合わせた弁慶と景時が音の出所に辿り着く。中庭の只中では背中を合わせるようにしてを守る朔と、の前に身を挺する白虎の姿があった。
達を取り囲んでいるのは軽く十も越す数の怨霊達だった。
「どうして!」
驚きとも憤りともつかない声を景時は堪らず上げる。
常に八葉の誰かが邸に詰める様にはしていたが、自分の身を守る術を持たないのために景時は邸の五方に式神を置き結界を施していたのだ。
視界の一端にぽつりとした赤い点をとらえた。景時が中庭の松の木の根元に目を走らせると式神の一体が無残に身を裂かれて枝に引っかかっている。あの日、洞窟の奥深くでを一番に見つけ出した山椒魚だ。式神達よりも怨霊の力が勝ったという事だろう。
達を囲み怨霊達の輪が縮まっていく。
朔と白虎に挟まれるようにしては紙のように顔色を白くしている。
「景時!早く二人を!」
弁慶が舞うように長刀を振るいながら外堀を切り崩そうとするが、切りつけられても怨霊達は景時、弁慶には目もくれず執拗に達に迫る。
「くっ!」
「朔!」
振るわれた一閃を朔は舞扇で受けた。だがそれに更に二閃、三閃が加わり、朔に対峙する怨霊達は朔の頭上へ向けてギリギリと刃を押し下げていく。
「朔!」
怨霊に狙いを定めようとしても景時の得物では間違えばたちに怪我を負わせかねない。弾道が怨霊を突き抜け達までも貫く恐れがある。
「くうっ・・・!」
三方から力で押されて朔は今にも切り伏せられてしまいそうだ。
白虎は小ぶりな身体から堂々たる咆哮を上げてよくを守っていた。
しかし弱い箇所を突き崩そうというのか怨霊達は次第に朔へと集まっていく。
「朔・・・!」
「じっとしていて!」
の悲痛な叫びに朔は窮地に立たされながらも毅然として返す。
結界を失った梶原邸内に、まるでそれを待っていたかのように怨霊達は次々と現れる。
切り伏せても切り伏せても怨霊は弁慶と景時の前に厚い層を作りどうしても二人に近づけない。
「このままでは・・・!」
弁慶が焦燥も露に眉を寄せる。
「いや、いやだ!朔!」
「・・!」
止めてと叫んだのはだったのか、朔だったのか。
が朔を庇うようにして朔と怨霊の刃の間に身を割り込ませた時、景時も弁慶も息を詰めてその光景を見守る事しか出来なかった。
視界を覆ったのは溢れんばかりの光。
「月影氷刃!」
朔、、白虎を取り囲んでいた怨霊の輪が消失した。
その場にいた誰よりも驚いていたのは朔自身だ。
これまで押される一方だった力の差はどうしたことか。舞扇の一振りで周囲を取り囲む怨霊を朔が薙ぎ払ったのだ。
一瞬の空白の時を逃さず、を胸に抱えたまま呆然としている朔を景時はごと思い切り抱き寄せた。
の安全が確保されたと同時に白虎は半分の数に減った怨霊達に猛々しく牙を剥く。
朔の一薙ぎに畏れを抱いたのか動きに迷いが生じた怨霊共を弁慶は右に左に払っていく。
「お前達、無事か!」
いつの間にか騒ぎを聞きつけたのか九郎と望美も怨霊を掃討すべく加勢に入っていた。
後はあの3人に任せておけば大丈夫だろう。
「、怪我はない?」
気丈な朔はすぐに自分を取り戻しを案じた。
朔と二人で抱きかかえるようにして景時はの顔を覗き込む。
あんな目に遭い、自分達ならともかく普通の人の身でしかないが抱いた恐怖はどれほどだったろうか。顔色をなくしたまま、それでもコクリと小さく頷き朔に応えるを景時は痛ましい思いで見る。
「・・・朔、お前は怪我は無いか」
「ええ、私は大丈夫。私は・・・・」
胸元の合わせ目に挿した舞扇を見下ろし朔は口を噤む。
先程の事を思い出したのか。
まるで力の暴発だった。
瞬時に怨霊を消し去ったあの閃光は、今までに見たこともないような苛烈さと同時に脆さを含んでいた。
「貴人は彼らの中でも特に吉意の強い神だから、を取り巻くこの世の命の全てが喜んでいるよ。けれど、逆に穢れを持ちそれを糧にするものたちにはは毒になる」
「・・・中神、だったのか・・・」
貴人とは十二天将の一つ。
陰陽道においては十二天将はその昔清明が使役したと言われ、その中でも白虎、朱雀などの四神は広く知られるところだ。
白龍は以前、は式神の依巫にされていると言った。
それがまさか十二天将を束ねる主神だったとは。
白虎はを、の中の主神を守っているのだ。
「彼女が傍にいると、その恩恵を受けて僕らの霊力も高まるという事ですか」
思考の海をさまよう景時の意識を話の場に引きずり戻したのは弁慶だった。
「弁慶・・・、何を考えているんだい?」
景時が鋭く弁慶を見据える。弁慶は表情を微塵も崩さずに話を続ける。
「さんにも僕達と共に動いていただこうかと」
「俺は反対だ!」
弁慶に真っ先に異を唱えたのは九郎だった。
「戦う術を持たないか弱い女人を連れて行くなどもっての外だ」
「けれど九郎、連れて行かなくともさんは危険に晒される事になるのですよ。現にあの時、一歩間違えば二人の命は無かった。怨霊達はさんの存在に気付きました」
九郎は虚を突かれたようにはっとするとそのまま膝の上で拳を握り険しい表情を浮かべる。
「ならば、いっそ僕達の懐に抱き込んでしまったほうが良い。さんを守るためにも」
「そして、彼女を依巫にする式神の力を利用するためにもかい?」
景時と弁慶の視線がまともにぶつかった。
「否定はしません。そして戦いに巻き込む以上はこの身に代えてもさんの事は僕が守ります」
「口で言うのは容易い。だけど、戦では何が起こるかは分からないんだよ?」
「もう何処が戦場という段階ではないでしょう。この京にいまや安全な場所がありますか?それに、これ以上平家の力が膨れ上がる前にどうにかしなければ。僕らには思った以上にもう、時間が無い」
先の戦でも続けざまに勝利を収め力を盛り返しつつある源氏に比べて、後の無い平家はなりふり構わずに兵力を増加させている。生ける者ではなく、過去に平家の一門だった者、そうでない者も手当たり次第に怨霊として蘇らせ平家は戦力を上げようとしているのだ。
今はまだ怨霊武者達は都から外れた人里近くで何度か目撃される程度。市中の怪異と共に人々の不安を煽るだけで実際に怨霊による被害は里民や都人の中に出てはいないが・・・・。
「都を戦場にする訳にはいかない」
九郎が表情を硬く引き締めた。
頼朝の膝元である鎌倉はもちろんのこと、平家一門に代わって帝に仕える形で実質源氏が支配するようになったこの京を源氏の総大将である九郎は守らねばならない。
奪い返されることは言語道断、頼朝から任されたこの京を戦で乱すこともあってはならない。
「京から離れるのかい?」
「僕達が都を出れば、怪異は自然と収まるでしょう」
弁慶が言わんとすることが分かった。
冷徹な策士の顔をしているのかと思ったが、見れば弁慶は意外にもやり切れない様な苦い表情を浮かべていた。
「・・・俺の手の者に探らせていたんだけれど、平家は屋島に集まり始めているようだよ」
「そうか。平家に陣様を整える時間を与えるつもりは無い。四日の内に屋島に向かう」
このような時、九郎は躊躇わない。上に立つ者としての天性の才を持って最良の道を選び、揺ぎ無くそれを指し示すのだ。
「異存ありません」
弁慶が微笑を浮かべながら頷いた。
大将である九郎が大筋の予定を立てればそれに必要な準備の細々とした全ては弁慶が取り仕切ってしまう。
今後の動きは決まった。
「景時」
各々部屋を後にし自分も自室に戻ろうとした時、景時は弁慶に呼び止められた。
「さんにこの事を伝えてください」
「どの事を?」
「それは君の判断に任せますよ」
弁慶は物腰柔らかに笑って見せる。それが見た目通りの笑顔ではないことを景時はとうに知っている。
景時は小さく溜め息を零した。自然と声も尖った物になってしまう。
「うん、俺から言うよ」
「・・・・さんの力を本気であてにしている訳ではないのですよ。だいたい、戦となれば個人の力が増幅されようが大局には関係がない。勝ち負けはいかに兵達を誤り無く統率できるかにかかっているのですから。それは九郎と僕と、君の仕事です」
弁慶の微笑は苦笑に変わっていた。
「京を離れるまでの間は、君は戦闘に参加せずさんの傍に居てあげて下さい」
思いがけない弁慶の言葉に景時は目を見開くと同時にあんぐりと大口を開けてしまった。
堪え切れないといった様子で、弁慶は笑いを押さえるように拳を口元に当てた。
「景時、君はさんの事となると面白いほどに感情を表しますね。普段は軽口に紛らせて本心を晦ます癖に」
くくく、と意地悪く笑う弁慶を前に景時はとっさに取り繕う事もできずに憮然として腕を組む。
「僕がさんを守りたいと思う気持ちも本当です。戦局に左右しない範囲であれば、最大限彼女が心穏やかに過ごせるよう手を尽くしてあげたいと思っています。ですが、戦場に移動した後は君にもしっかりと軍奉行としての務めを果たしてもらいますのでそのつもりで」
言いたいことだけ言うと、弁慶はさっさと踵を返してしまった。
「言われるまでも無いさ」
景時は空しく一人ごちるとの部屋へと向かった。
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