猫と暮らす 1
せっかくの金曜日だというのに今日も終電ギリギリでカカシは帰路についた。
途中、コンビニでビールを2缶買う。これが今日の夕飯だ。
急いで帰った所で食事を用意して待っていてくれる女もいない。
それほどイケてなくはない・・・。
と、自分のルックスを客観的に評価しているのだが、何故か付き合う女とは長く続かない。
そこそこの大手企業に勤務し、小金は持っている。
20代でマンションも購入した。
傍から見れば羨ましい話なのかもしれないが、当のカカシは何処か満たされない思いを抱きながら仕事に追われる日々を過ごしていた。
週末も特に予定は無い。
一日中だらだらとテレビを見ながらビールを飲んで、そしてあっという間に月曜日になるのが最近のパターンだった。
「・・・寒っ・・」
寒さはだいぶ緩んできたが春にはまだ早い。
背中を丸めて歩いていたカカシの頭上にはいつしか小雨が降り注ぎ始めた。
疲れきった身体に更に追い討ちをかけられるようで、カカシは軽く舌打ちをし、歩を早めた。
雨を避けるように目線が自然と下がっていたからだろう。
普段なら気にすることも無いが、電柱の下に黒いビニール袋が見えた。
明日はゴミの日ではないというのに、ルールを守らない人間は何処にでもいるものだ。
ゴミ袋に気付いたものの次の瞬間には興味を無くし、カカシはゴミ袋の脇を素通りしようとした。
「・・・んなぅ・・」
小雨の振る音にすらかき消されそうなか細さだったが、その音は確かにカカシの耳に届いた。
ピタリとカカシは足を止める。
注意深く耳を傍立ててみると、今度はカサ、カサと物音が立つ。
カカシは振り返って目を凝らしてみる。
カカシ以外に人影は無し。
道の右端を見る。
次は左端を見る。
道路の左端、電柱の頼りない外灯に照らされ、ゴミが入っていると思われた黒いビニール袋が微かに出っ張ったりへこんだり形を変えている。
「・・・んなぁ・・」
「勘弁してよ・・・・」
面倒なことはごめんだ。
それでも、見過ごすのは夢見が悪そうだ。
思い切り憂鬱になりながらもカカシは電柱の下まで引き返した。
黒いビニールの上にしゃがみ込んで、無造作にびりびりと破く。
「あー・・・」
カカシは諦めの声をあげた。
ビニール袋の中からは、衰弱しきった真っ黒な子猫が現れた。
体はひっきりなしに震えている。掌に乗せると驚くほど軽い。
このまま放置すれば、明日の朝までも持たずにこの小さな命は消えるだろう。
「くっそ・・・。俺、猫飼った事無いってのに・・・・」
悪態を付きながらも見捨てることも出来ず。
カカシは胸の中に猫を抱きこむと足早に自宅へ向かった。
子猫の身体は非常に汚れており、所々怪我もしている。
背中がごわごわしているのは血が固まっているようだ。
本来であれば一番滑らかな頭の毛すらぼさぼさと、毛の束が出来ている。
鼻の頭は痛々しく傷が走り、毛が抜け落ちてしまっている。
捨てられるまでに相当に酷い目に遭ったのだろう。
特に猫好き、という訳ではないがカカシは憤りを覚えた。
洗面台に湯を張り微温湯に子猫をゆっくりと浸けると、か弱く爪を立てて抵抗してくる。
「てっ!ちょっと、我慢しなさいよ」
手に細かい引っかき傷をたくさん作りながらも、カカシは丁寧に子猫の身体の汚れを落としていく。
湯に温められてか子猫の身体の震えはいつしか止まっていた。
子猫は蚤にもたかられていた。
「うわ・・・」
鳥肌を立てながらも、カカシは猫の身体から蚤を洗い落とす。
子猫を洗い終わり、大急ぎで熱湯をシンクに注ぐ。
「大丈夫かな、これで」
蚤に怯えつつ子猫の身体を良く乾かすと、毛羽立っていた毛並みはほわほわとした子猫らしい柔らかなものになった。
「えと・・・あとはエサか・・・」
カカシは冷蔵庫の中を覗いてみる。
冷蔵庫の中には辛うじて賞味期限ギリギリの牛乳があった。
小皿に移して少しレンジで暖めて子猫の前に置いてみる。
すると子猫は弾かれたように小皿に鼻を突っ込んだ。
飲み方は相当へただ。
顔の半分をミルクに突っ込んでいるのでせっかく洗ってやったというのに毛並みはミルクでベタベタだ。
子猫の必死さにカカシは思わず噴き出してしまった。
「まだお代わりあるんだから、落ち着きなさいよ」
言った所で子猫にわかる訳も無いのだが。
結局冷蔵庫のミルクを全て子猫は飲み干した。
腹も満たされて落ち着いたらしい子猫をカカシは寝室のベッドに放り込んだ。
「あー疲れた・・・」
シャワーを浴びて、ビールを二缶空ける頃には空が白み始めていた。
どっと疲れが出てベッドのシーツをめくり上げると、カカシの疲労も知る事なく子猫は安らかな寝顔を見せている。
種別を超えて、やはり幼いもの、小さなものというのは可愛らしい。
成り行き上、やむを得ずに拾った子猫だったが。
子猫を見下ろすカカシの口元には笑みがこぼれた。
子猫を潰さないようにとそっとベッドに潜り込んで、ようやくカカシも眠りについた。