猫と暮らす 2
日頃の慢性的な睡眠不足を回復すべく週末は寝汚くなるカカシであったが、今日は特に心地よいまどろみの中にいた。
(あったかい・・・)
うとうとしながらも、滑らかな肌を楽しんでぐっと自分の胸に抱きこんだ。
カカシの腕の中でその心地の良い体温はぐりぐりとカカシの胸元に身体を押し付けてくる。
しなやかにしなる背中にカカシは腕を回して更に強く抱きしめる。
(気持ちいい・・・。ずっとこうしていたい・・・)
うっとりと、覚醒前のまどろみを楽しんでいたカカシであったが、段々と目が覚めてきた。
(俺・・、女と別れたよね・・・)
目が覚め始めたカカシの頭の中にはどんどんと疑問符が増えていく。
それが限界点を突破した時、カカシは勢い良く自分の身体の上のシーツを引き剥がした。
外気に晒されて、それでもカカシに寄り添った暖かい体温は無くならない。
カカシの胸元には艶やかな黒髪の塊が引っ付いている。
艶やかな黒髪に包まれた頭部だ。
カカシの身体には、若木のようにすんなりと伸びた二本の腕と二本の足が絡みついている。
誰だ、この人。
あまりの出来事にカカシの頭は固まってしまった。
あんぐりと口をあけたまま自分の胸元の黒髪を見下ろすばかりのカカシであったが、不意にその黒髪が動いた。
黒髪の中からは同じく真っ黒な双眸が現れた。
濡れたようにゆらゆらとする瞳は真っ直ぐにカカシを見上げてくる。
黒曜石の双眸の下には可愛らしい鼻が現れ、その鼻頭には左右に痛々しく傷が走っている。
鼻梁の下のぽってりとした唇にカカシが目を奪われていると、それがどんどん近付いてきた。
「あ・・・」
ぺろりと。
口元を舐め上げられた。
「・・・んなぅ」
「・・・・・え?!」
カカシは更にあんぐりと口を開けた。
「あの・・・、ここにいた猫、知らない?」
「んなーぅ」
突如カカシのベッドに侵入を果たした『それ』は、のし!とカカシの胸の上にのし上ってきた。
「あーぉ」
鳴き声は紛れも無く、昨夜の子猫のもので。
鼻の頭に走る傷。
カカシが背中に手を回すと、引き攣れた大きな傷が確認できた。
傷の位置は合致する。
人の形をしてはいるが。
目の前の『それ』のちょうど人であれば耳がある部分には手触りの良さそうなビロードのような短い毛に覆われた猫の耳のようなものが。
下肢に視線を落としてみると、なんと尾骨のある部分からは黒い尻尾らしきものが生えている。
くっ付いているだけではない。尻尾にはきちんと神経が通っているようで、自在に左右に揺れている。
「ンンー・・」
『それ』は甘えるようにカカシの顎の下に頭部を擦り付けてくる。
「嘘でショ・・・・」
信じがたい嘘のような出来事に、カカシはしばらく『それ』を抱き込んだまま呆然としていた。
人でもなく、猫でもないそれは突如全裸でカカシのベッドの中に現れた。
代わりにカカシが拾った黒い子猫の姿は消えてしまった。
何の冗談なんだろうと、カカシは呆然と自分に抱きついてくる全裸のそれを見下ろすばかりだった。
だが、太陽が真上を過ぎた頃にはさすがに腹が減ってきた。
「・・・・飯・・」
とりあえず、カカシは現実から逃避して食事を取ることにした。
カカシはベッドから這い出て、のそりと起き上がった。
ベッドの上でそれはじっとカカシを見ていたが、ベッドからカカシに習って降りると事も無げにすっくと二本足で立ち上がった。
(に、二足歩行!)
なんとなく四つん這いでついて来るのではないかと思っていたカカシは驚いた。
イマイチそれとの距離感がつかめない。
猫として扱って良いものなのか、否か。
自分のあとをそれがついて来るのをちらちらと振り返りながらカカシはキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けてみるが、昨夜から中身が自然と増えるわけも無く。
牛乳は切れてしまっているし、ろくなものが残っていない。
どうしたものか。
そもそも、猫が食べるものを与えるべきか、人が食べるものを与えるべきか。
チラリとカカシがそれに目線をやると、それはキッチンの床の上にM字開脚で座り込みこちらをじっと見ている。
(ううっ・・・)
それは、オスだった。
それの股間にはカカシと同じ物が付いていたのだ。
まあ、別に見慣れてはいるが、自分以外のものが目の前でぶらぶらとしているのはどうにも落ち着かない。
人にすれば年の頃は10代後半くらいだろうか。
猫耳と尻尾以外は人間と同じ身体の作りをしているようだった。
それがあどけなく小首を傾げて見せると、艶やかな黒髪がさらりと肩の上に流れた。
ため息を一つつくと、カカシはまずそれに服を着せることにした。
クローゼットの中を引っ掻き回してみる。
とりあえず下着だけでもと、カカシは新しいボクサーパンツを引っ張り出した。
「こっちおいで」
と言っても、人語を解するわけでもないらしく。
きょとんとカカシを見つめているそれをぐいい、とカカシは引き寄せる。
背後からそれを抱き込み、さして抵抗も見せないそれの両足をパンツに潜らせてカカシはぐいと上に引き上げた。
「んなうっ!」
それまで抵抗を見せなかったそれは突如カカシの両腕に爪を立ててきた。
「だっ!いたい、いたいって!」
あまりに激しい抵抗にカカシはパッと両手を離した。
身体を離して尻の辺りを見てみると、なるほど、尻尾が不自然にパンツの中に押し込まれてとても窮屈そうだった。
フウウ、と唸りながらそれは素早くパンツを脱ぎ捨ててしまった。
「じゃあ、これならどうだ」
カカシは尻尾の部分に鋏で穴をあけて、もう一度それにパンツを履かせてみる。
だが、股間を覆われる感覚自体が嫌なのか、不機嫌そうに唸りながらカカシの二の腕に噛み付いてくる。
かなり痛い。
「あー!もういい!パンツはいいよ!」
とりあえずは股間が隠れればいいのだ。
カカシはTシャツとYシャツを引っ張り出し、丈が長いYシャツの方をさっくりとそれに着せた。
身体を締め付けるものではないからなのか、今回は抵抗することは無くそれは大人しくシャツを着たままでいる。
Yシャツをワンピース代わりのように着たそれを見て、カカシは複雑な気分になる。
「せめてお前がメスならなあ・・・・」
不毛な事を呟きつつ、カカシはそれを引き連れてキッチンへ戻った。
昨日の時点では生まれたばかりのような子猫だったので固形物ではなく液体を与えてみることにした。
液体、と言ってもオレンジジュースしかなかったのだが。
皿にオレンジジュースを注いで、それの前にコトリと置いてみた。
柑橘の匂いに戸惑っているのかしばらく表面をふんふんと嗅いでいたが、ぺろりと一舐めすると勢い良くそれは顔面を皿に突っ込んだ。
「あああっ!!」
皿の中には黒髪まで一気に流れ込む。
黒髪は一気にオレンジジュースを吸い上げた。顔面もオレンジジュース塗れなのは見なくてもわかる。
カカシは皿の上に覆い被さっているそれを勢い良く抱き起こした。
「んなぁーーー!!!」
するとそれは思いっきり癇癪を起こし、自分を抱きこむカカシの腕にがぶりがぶりと噛み付いてくる。
「いってえ!!」
堪らずカカシが腕を離した隙を突いてそれはオレンジジュースの皿に飛びついた。
あ、とカカシが思ったときは皿が宙を舞っていた。
幸か不幸か、皿は割れる事なく、わんわんと回りながらやがて伏せられた状態で床の上に止まった。
だがテーブルも椅子も、カカシもそれも、余す所無くオレンジジュースに汚染されてしまった。
自分の身体に浴びたオレンジジュースをペロペロとそれは無心に舐め取っている。
「・・・・美味いか?」
「あぉ」
昨夜から数えて何度目になるのかわからないため息をつくと、カカシはそれを引き摺るようにして風呂場に向かった。