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どしゃりとぼろ切れのように自分の足元に放り出された物体は、よくよく見ると自分の穴兄弟のライドウとアオバだった。
二人はすでに意識が無い。
はがねコテツは指の関節をパキパキ鳴らしながら近付いてくるイルカを前に、この危機的状況を何とか回避できないか思考をフル回転させてみたが無駄な努力に終わった。
じりじりと後退してあっという間に体育館の壁に行き当たり、もう逃げ場は無い。
「コテツ・・・お前、俺で何発抜いた・・・?」
凶悪な表情で問い詰めてくるイルカを前にコテツは観念した。
「さ・・三、いや!二発っす!」
まるで頭から水をかぶったようにコテツは溢れる冷や汗に全身をぐっしょりと濡らしている。
くっと喉の奥からイルカは笑いを漏らす。
「二発って事にしといてやる・・・・。歯ぁ食いしばれこるぁあああああ!!!」
身の毛がよだつ絶叫が辺りに響き渡った。
体育館裏に無造作に三人を積み重ねると、残るイズモ、ゲンマ、ハヤテの姿を求めてイルカは校内を駆け回った。
その様はまるで泣く子を捜し求める『なまはげ』のように鬼気迫るもので「これがあの毎日可愛い笑顔を振り撒いているイルカか・・・」と校内は震撼した。
廊下を猛ダッシュしていると穏やかに自分を呼び止める声がしてイルカは急ブレーキをかける。
「イズモ・・・」
イルカは少し乱れた息を整えながら廊下に立ち尽くす。
イズモは逃げも隠れもせずに自分からイルカの前に姿を現した。
「俺の事、探してたか?」
イズモの表情は許しを請うような、それでいて諦めも滲んだ悲しげな表情で、イルカは一発ぶっ飛ばしてやろうと固く誓っていたのだが拳を握ったまま躊躇してしまった。
「言い訳はしない、殴っていいぞ」
イズモは廊下の真ん中で静かに目を瞑った。
そんなイズモを前に、イルカの脳内にはこれまで同じ部屋で過ごしてきたイズモとの生活が蘇る。
先週はあんな事になってしまったけど、イズモは今までずっと優しくしてくれた。
寝込んだときは甲斐甲斐しく看病もしてくれた。
他のサルに比べ突っ込みはしたが常にイルカを気遣ってくれた・・・・。
目を閉じたイズモ。
イズモを前に拳を振り上げて固まるイルカ。
廊下の真ん中の二人はいい見世物で、二人を囲んで結構な人数のギャラリーも出来あがってしまったのだがイルカはそんな事に気を回す余裕は無い。
思いきり困り顔で何やら考えていたイルカだったが、意を決して目をきつく瞑ると勢い良く手を振り上げた。
ぺちん。
イズモ含めギャラリー全員の目が点になる。
イズモの左頬には微かに赤く、イルカに張られた跡が残っている。
「き、今日はこの辺で勘弁してやるっ!」
痴話喧嘩中の女子よろしく、可愛らしくイズモにびんたを張り、顔を赤らめてイルカは走り去った。
(((イルカってばよー・・・)))
イズモ含めギャラリー全体がピンク色に染まる中、イルカは湯治部部室に辿り着いていた。
グアラッと思いきり引き戸を開けるといつもの定位置にのんびり腰を落ち着けているゲンマとハヤテがイルカの目に飛び込んできた。
普段と変わらない、まったりとした雰囲気も今日ばかりはイルカの怒りをどうしようもなく駆り立てる。
「ゲンマ先輩っ!!」
思いきり拳を引き殴りかかろうとしたイルカの眼前にぴらりと一枚のチラシが差し出された。
『有馬御園 季節の会食・朝食付き 入浴込み 一泊二日 6,250円』
「あ、有馬温泉・・・・!!」
「どうだ?10月の中旬なら紅葉も見頃だろうなあ?」
昨年草津を制覇したイルカは三大名湯の残り二つ、有馬温泉、下呂温泉に毎日想いを馳せ、胸を焦がしていたのだ。
衝撃のあまり絶句するイルカにハヤテは艶やかに微笑みながら追い討ちをかける。
「もちろん仕切りはゲンマ部長にお任せという事で。イルカ先輩どうぞ楽しんで下さいね」
ゲンマとハヤテの鮮やかなワンツーフィニッシュが決まり、イルカはあっさりと陥落した。
「も、もう、先週みたいな事(乱交)は二度とごめんですから!!」
温泉に釣られて丸め込まれた感もあるが(つか、丸め込まれたんだってば)、言うべき事は何とか言ったイルカであった。
「わかった、わかった」
「はい。もう無理に誘ったりしませんから」
ニコニコと人の良い笑顔を見せるゲンマとハヤテになんだか釈然とせずにイルカは部室を後にした。
それにしても・・・。
「・・・・なんで、ハヤテ以外みんな顔に青痣あったんだろう・・・」
先週のご乱交に参加したゲンマの他、体育館の裏でぎゅっと締めておいたアオバ、ライドウ、コテツ、そしてイズモ、全員が顔面の何処かしらに殴られたような内出血の痕を付けていた。
そこを更に遠慮することなくイルカはぶっ飛ばしてきたのだが・・・。
「んんんん??」
今頃になって首を捻るイルカであった。
このようにしてイルカのお礼参りの幕は閉じた。
でも、新たに力を手に入れたがこれでは足りない。
生徒たちには対抗できるだろうが、カカシを超えるためにはどうしたらよいのだろうか・・・。
無い頭でウンウン考えながら廊下を歩いていたイルカの耳に突然暑苦しい掛声が飛び込んできた。
「ふんっ!ふんっ!せいっ!はああっ☆」
「あ・・・ガイ先生」
ちょうど窓のすぐ外は運動場に面している。
全学年の体術の指導を行なっているマイト☆ガイは組み手の型を一人でなぞりながら、オレンジの夕日の中で汗を撒き散らしつつ鍛錬に没頭している。
イルカ以外の生徒達はそんなガイに目を合わせないように俯きながら足早にその場から離れていく。
ガイによる無差別の『一緒に青春(訓練)☆するか!?』攻撃を警戒しているのだ。
警戒心の欠片もなく、ぼうっとガイの一人組み手を眺めていたイルカにガイが気付くのはそう時間もかからなかった。
「んん!!?どうしたイルカ!いっしょに青春するか!?」
ガイは夕日を背に親指をグッと立てたナイスガイポーズで思いきり破顔した。
うわっ!と、周囲がどよめく中イルカはぼんやりとガイの濃ゆい顔を直視する。
ガイはなんといっても体術を専門に指導する教師だ。
体術のみを考慮すればカカシとも良い勝負、いや、カカシすらその力には及ばないのではないだろうか。
「ガイ先生とカカシ先生ってどっちが強いんですか?」
イルカのストレートな問いかけにガイは更に親指の腹をイルカに向けぐいと突き出す。
「マイ☆ライヴァル・カカシとは今の所50勝49敗で俺の勝ちだっ!!」
その勝負の中の半分、いや、三分の二以上は『一楽ラーメン早食い』、『じゃんけん』、等々、体術には全く関係の無い勝負なのだが、特にガイからイルカへ対しての説明はない。
ガイにとっては全てが命をかけた真剣勝負だからだ。
ともかく、イルカの頭の中には『俺の勝ち』という言葉が強烈に残った。
俺の勝ち=ガイはカカシより強い=ガイに特訓してもらえばカカシに勝てる
「俺っ、俺、強くなりたいです!俺、ガイ先生と青春します!!」
脳内で安直に等式が成り立ったその時、イルカはガイに向かって叫んでいた。
ガイは感極まったという様子でその場でふるふると全身を震わせていたが、突如驚くべき上忍スピードでイルカに迫った。
「良くぞ言った!俺の可愛いイルカ――――!!!」
イルカは180cmを悠に超える大男に軽々と抱き上げられ、挙句に濃い〜い顔をくっつけられゴリゴリと頬擦りされた。
(ひいいいいい!!!)
瞬時にイルカの全身にさぶいぼが立つ。
ガイの生徒に対する過剰なスキンシップをすっかり失念していたイルカであった。
とにもかくにも、訓練の合間のスキンシップに悩まされつつも、イルカとガイは放課後共に青春する日々を重ねることとなった。