恐ろしい事にイルカが割り振られた大部屋にはあの猿どもが全員欠ける事なく揃っていた。
夕飯前から酒を飲み目つきも怪しくなっているろくでもない猿どもから間合いを取りながら、イルカはとりあえず荷物を隅に置き風呂道具を準備する。
「お、イルカちゃーん。風呂行くの?」
「一緒にはいろーぜえー」
乱交騒ぎがあった後、すぐにいてこましてやったというのにさすがは猿。喉下を過ぎて熱さをすっかり忘れたアオバ、ライドウ、コテツがじりじりと懲りずにイルカにいざり寄って来る。
ゲンマとハヤテは既に二人の世界に入っている。
「ほらほらアオバ先輩、ライドウ先輩まだ飲み足りないでしょう。コテツ、お前も大人しくこっち来て飲め」
言いながらイズモがイルカに目配せをする。
あの後、何とか友情を取り戻せたイズモだけがサカる三人を宥めてはいるが。
(大部屋はやっぱり、乱れている!!!)
この分では夜を待たずして乱交がおっぱじまるに決まっている。
「俺、別の部屋に移る!!!」
身の危険を感じ、荷物を背負いすっくとイルカは立ち上がる。
猿どもの盛大なるブーイングを振り切りイルカは平穏の地を目指して大部屋から旅立った。

「イビキ先生!!!」
イビキの部屋を訪れてみるとイルカの探し人はタイミングよく部屋にいた。
「どうした、イルカ」
ニヤリ、とイビキが笑みを浮かべる。イビキには別に他意はなく(以下略)。
「先生、今晩先生の部屋に泊めてくださいっ!!」
イビキ以外の人間が聞いたら誘っているとしか思えない科白だったが、
「なんだ、大部屋は狭かったのか。布団は余っているしいいぞ」
イビキはあっさりと承諾した。
難なく今夜の安全な寝床を確保でき、イルカの心は羽根のように軽くなる。
「ありがとうございます!!」
早速イルカはいそいそとイビキの部屋で荷解きを始める。今回の旅行で一人部屋が宛がわれるのは教頭や校長くらいだったのだが、大部屋で良いというイビキにも一人部屋が用意されたらしい。
強面のイビキと一晩一緒にいることを職員連中はどうやら敬遠したらしく。そのことにはイビキも気付いているらしいが慣れているのか気にする素振りも無い。
「まあな。温泉に来てまで俺に気を使うこともないだろう」
イルカの気遣わしげな視線を受けてイビキはニヤリと笑みを返す。
(優しい先生なのになあ・・・・)
イビキはそのでかい図体と強面の顔で絶対に損をしていると思う。イビキの気さくさに少しでも周囲が気付けばとイルカはイビキを見かければ傍に寄って行ってなんやかんやと話をする。イビキもその都度砕けた調子でイルカと話をしてくれる。
しかしその様子を『土佐犬に果敢にも豆柴が挑んでいるようだ』と周りがハラハラしている事をイルカは知らない。
「俺、今から外湯を巡ってきますけどイビキ先生は夕食までどうしますか?」
「俺は土産物屋でもひやかすさ」
ああ、とイルカは歓喜に打ち震えた。
イビキとだと、会話が成立する!!温泉旅行に来たんだなあと実感できる会話の内容に改めてイルカは感動する。
「それじゃあ、途中まで一緒に行きましょう」
「うむ、いいだろう」
イルカはばっちりと備え付けの浴衣を身につけイビキと二人温泉郷をそぞろ歩く。
温泉にきて良かったとイルカは心の底からその感動を噛み締めていた。



宿から歩いていける範囲で巡れる外湯は八箇所。
夕食までに制覇する事がイルカの目標だ。
イビキと途中で別れて、宿を出発してから時計回りにぐるりと移動してあと二箇所。夕食までにもかなり時間に余裕がある。
紅葉のシーズンにはまだ早く時期的に温泉郷は旅行客も少ない。イルカの外湯巡りは非常にスムーズに進んでいた。
が、しかし。
シンと澄んだ空気の中露天風呂を一人満喫していたイルカの耳に屋内の大浴場の方から何ともマナーの悪い騒がしい声が聞こえてくる。
ギクリとイルカの身体は強張る。
思いっきり聞き覚えがある声だったからだ。
こっちに来るな、こっちに来るなとイルカは念を送っていたのだが全くその効果は無く、大浴場を突っ切って寮生の猿どもがイルカの居る露天風呂のほうにやってきた。
外湯は此処だけではないというのにどうしてよりにもよってこいつらと鉢合わせしてしまったのだ。
爽やかな秋風がさあと、湯煙を飛ばすとイルカの姿が猿どもの前に露わとなった。
「おおっ!イルカちゃーん♪」
「なんだー、此処に居たのかー」
「俺背中流しますよ〜」
アオバ、ライドウ、コテツはかなり機嫌が良い。既に泥酔の一歩手前だ。
乳白色の飛沫をバチャバチャあげて三人は上機嫌でイルカに近付いてくる。
「「「ッッ・・・!!!!」」」
しかし突然に、やに下がった三人の顔が強張った。
イルカが無言で片腕を上げ、ピタリと三人に掌を向けて構えた。
その構えを身をもって三人は良く知っている。イルカはガイから会得した体術を思う存分この三人にお見舞いしていたのだ。
「俺に触れたら、ぶっとばしますよ・・・」
イルカのどすの効いた声にアオバ、ライドウ、コテツは二メートルほど距離を取って大人しく湯船に身体を沈める。
しかし目線はイルカの、もといイルカの身体から離さない。乳白色のお湯が辛うじてイルカの身体を猿どもから隠してくれている。
「俺に付き纏っても無駄です。ハヤテにでも相手をしてもらったらどうですか」
「いやーそれが、今日はゲンマの日なんだわ」
「ライドウはまだいいだろ。昨日ハヤテとヤッたんだからよ〜」
「アオバ先輩もまだイイッすヨ。俺なんか先週の金曜日だったから週末挟んで6日も我慢してんですから!!」
相変らずの寮生達にイルカはくらりと眩暈を覚える。
「な!イルカちゃん。ちょーっとでいいから入れさせて」
「お前図々しいんだよ。俺なんかちょっと舐めてもらうだけでいいぜ」
「先輩方は遠慮ってもんを知らないんですか。イルカ先輩、俺は手コキでイイッすから!」
ここにいる誰よりも自分が一番慎み深いと思い込んでいる猿どもはそれぞれ満面の笑みをイルカの向けてくる。
「ほらだいぶイルカものぼせてきたみたいだしな・・・・」
桜色に染まったイルカの首元から頬にかけて青葉は舐めるように視線を這わせる。
確かに。そろそろあがろうかという頃にこいつらが乱入してきたのだ。
いくら湯治好きのイルカとはいえ少しのぼせてきていた。しかし、湯船からあがる一瞬無防備になる隙をこいつらが見逃すわけが無い。
そう思えばだいぶ茹ってきていたがうかうかと湯からあがるわけにもいかない。しかし、のぼせきってしまってはそれはそれでこいつらの思うツボだ。
つまりはイルカはピンチなのだった。
「なっ、イルカちゃん。ちょっと向こうで休んでいこうぜ?」
飲み会で女の子を手篭めにしようとするおっさんのような科白をライドウが口にする。ジリ、と三人がイルカに近付く。
「・・お断りします・・・」
何か、何かこの窮地を脱する手立ては無いか。のぼせて霞みがかる意識を奮い立たせてイルカは周囲をぐるりと見渡す。
イルカの目には露天風呂にそぐわない源泉を吐き出しつづける趣味の悪いライオンの彫刻が映った。

「ハアッ!!!」
『らいきりっ!!』


「「「ギャ――――――――!!!!!」」」

イルカは湯船から勢い良く飛び上がりつつ掌に集めたチャクラをライオンの口元に放った。
ライオンの口元から湯船に注がれる70℃の源泉が露天風呂の真上に降り注ぐ。火傷までにはならないだろうが熱くて猿どもは大騒ぎするだろう。
その隙にイルカは脱兎のごとく三人の前から姿を消す作戦だったのだが。
「あ、れ・・・?」
シュタッ!と風呂の洗い場に降り立ったイルカは露天風呂の水面にぷかりと身体を浮かべる猿どもに気付いた。
いくら熱くたって、気絶するほどのもんでもなかっただろう。
三人はそれぞれ仰向けになり、白目をむいて湯船にぷかぷかと浮いている。
掌から放ったチャクラが三人についでに強い衝撃でも与えてしまったのだろうか。
「ええっ・・?!俺って、すごい・・・・」
しばし呆然とするも、外湯制覇まで後一つであることをイルカは思い出した。
日がだいぶ傾いてきている。
「い、急がないと!!!」
イルカは三人のことなど次の瞬間にはすっかり忘れ脱衣所に走った。



がさりと露天風呂の衝立の向こう、竹薮が揺れてそこから現れたのはカカシだった。
カカシは雷切により失神し湯船にぷかりぷかりと浮いているサル三匹を確認する。
「まずは、三人排除、と」
のぼせて脱水症状を起こされては、まあいいっちゃいいのだが一応カカシは教師という立場。三人をカカシは湯船の中から引き上げ洗い場の上に転がす。
カカシはイルカの姿を求めて視線を周囲に走らせたが、すばしこいイルカは既に姿を消していた。
「チッ・・・」
すぐにでもイルカを探しに行きたいがこのフリチンの馬鹿どもを放っておいて騒ぎになっても困る。カカシは大型の忍犬にそれぞれ一人ずつ馬鹿を背負わせ自分も一人を肩に担ぐといったん宿に戻る事にした。
「もう〜、目が離せない〜」
馬鹿三匹を道端に放り出したい衝動を抑えつつカカシは宿への道を急ぐのであった。









1    novel    3