カカシとの生活の中で、イルカとて看護以外の時間を無為に過ごしていたわけではない。
日に二・三時間ほどはアカデミーまで赴き、書庫に篭り、書物を紐解き、文献をあさり、カカシの毒の解毒の手掛かりを必死に追っていた。
綱手から直々に許可をもらい、イルカは禁書まで閲覧を許されている。
医療班と手を組み、イルカの得た知識と医療班の技術をすり合わせて日々解毒剤の改良を試みているが、思うように結果は出せていない。
綱手とシズネは緊張している砂の国との国交を安定させるべく、国主の下へ赴き奔走している。
しばらく里へは戻る事が出来ない。
綱手がもしこの場にいてくれたらと心が揺れるたびに、イルカは自分を叱咤して手掛かりを調べつづけた。
しかし、非情にも時間は刻々と過ぎていくばかりだった。

あの日以来、イルカはカカシをなるべく一人にしたくは無かった。
表面上は、平時と変わらぬ様子を見せているカカシだったが、視力を奪われたままの生活は確実にカカシの中でストレスを蓄積させているだろう。
しかも、奪われた視力が戻るかどうかはっきりと答えを見出せていない現状では尚更だった。
カカシの看護をかって出ておきながら、何の役にも立たない自分自身が腹立たしくて仕方がない。
今日も何の成果も上げられないままにイルカはアカデミーを後にした。



カカシの部屋まで辿り着いて、異変にはすぐに気付いた。
一人でいるはずのカカシの部屋から、カカシ以外の数人の気配がする。
自分の留守中に、何びとが視力を失ったカカシの部屋に上がりこんだのか。
チャクラの乱れが伝わらない事から、敵と対峙している訳ではないことは分かる。
写輪眼のほかにも、里の機密が詰め込まれたカカシの身体。
カカシに視力が無い今の状態は、他里にとって今がその機密を手に入れる絶好の機会でもあるのだ。
カカシの部屋は里の非常時で人手が慢性的に不足しているにも関わらず、数人の暗部が常時張り付き不審者に目を光らせている。
その暗部たちが動かないという事は、室内にいるのは木の葉の内部の者だということだ。
イルカは気配も消さずに居間に向かう。
居間に足を踏み入れると、そこには床に直接座るカカシを見下ろすように三人の男達が取り囲んでいた。
イルカに気付いているだろうに、男達はイルカに対し一欠けらの注意も払わない。
「期限は三日後だ。言い渡した内容に、変更は無い」
「それが、里の意志なら」
話が見えない。
イルカの背中を氷片が滑り落ちたように、ぞくりと寒気が覆った。
「今まで、良く働いてくれた」
「・・・・恐れ入ります」
カカシは誰にとも無く、胡座をかいたままで深く頭を垂れた。
話は済んだとばかりに男達はカカシに背を向けた。
居間の入り口に棒立ちになったイルカに目もくれず、男達は隣を通り過ぎようとする。
「待ってください」
イルカは身体をずらし、男達の前に立ちはだかる格好になる。
「言い渡した内容とは、何の事です」
「・・・・一介の忍には関係のないこと。口を挟むな」
威圧的な男達の態度に怯む事なく、イルカはなおも詰め寄ろうとする。
「私は五代目火影の命を受けて、はたけカカシの看護にあたっています。はたけカカシに関する事であれば私を通してもらいます」
「貴様、何様だ!!」
男達のうちの一人が激昂し、イルカの胸倉を掴み上げる。
「ぐっ・・・!」
その大柄な男に吊り上げられ、イルカの息が詰まる。
男の顔に見覚えがあった。
三代目火影が健在だった頃、執務室にやってきては過激な強硬論を唱えていた上層部に籍を置く一人だ。


「その人に手を出すな」


カカシの声は凪いだ湖面のように穏やかだった。
しかし、次の瞬間。
ブワリと膨れ上がった凶暴なチャクラに、イルカの胸倉を掴んでいた男はビクリとその手を外した。
視力を失ってなお、カカシの能力を持ってすればこの場の三人は瞬殺されてしまうだろう。
他の二人も、カカシの不穏なチャクラに圧倒され、顔色を無くしている。
「俺は、里の決定に従う。それでいいだろう」
「・・・三日後に、また来る」
イルカに掴みかかった男を他の二人が引き摺るようにして、男達はカカシの部屋を後にした。


「カカシ先生・・・・」
なにか、イルカのあずかり知らない所で物事が動いている。
イルカの声音も自然と強張る。
対して、カカシの声は何処までも柔らかく、静かだった。

「イルカ先生。俺と別れてくれませんか」



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