イルカと色恋沙汰はどうも結びつかない。
清廉な雰囲気を常に身に纏うイルカは自分と同じ男とは思えず物珍しかった。
しかしイルカを興味本位で押し倒してみれば嫌がる素振りを見せたのは最初だけで、拍子抜けするほどに簡単に足を開いた。
それならば見かけとは裏腹に慣れていたのかというと決してそうではない。
カカシの指や舌先にイルカは面白いほど翻弄された。その辺の女の演技めいた媚態ではなく、切羽詰まった表情で涙すら浮かべながらカカシの下でイルカが身体をひくつかせる様は不思議とカカシを煽った。
他の人間に目が向かないほどにイルカの身体にカカシはしばらく夢中になっていた。
だがイルカの身体への執着はアサギを抱くようになって瞬く間に冷めた。
自分の下半身のだらしなさは相変らずで、やはり自分は変わらないなとカカシは自嘲する。
らしくもなく、一時期はイルカに操を立てるかのように周りを見向きもしなかったのに。
思い返せばあの頃はまるで熱病に浮かされていたかのようだった。自分の周りに今まで居なかった種類の人間のその純粋さや人を想う気持ちはカカシにとっては毒で、その真っ直ぐな気質を持つイルカにあてられカカシはどこかおかしくなっていたのかもしれない。
そしてその思いも寄らない熱病の作用はまだカカシの中で燻っていたらしい。
でなければイルカの肩にまわされたアスマの腕を見てこれほどに動揺するはずがない。
ちりちりと胸を焼き続ける感覚にカカシは不快感も露わに眉根を寄せた。
馬鹿な話だが、イルカが自分以外の人間と付き合い始めるなどと思いつきもしなかった。
アサギを傍らに置きイルカを切り捨てた事を棚に上げてカカシはまんじりともせずにベッドに仰向けに転がっている。
そのカカシの足の間ではアサギが顔を埋めてしきりに上下に頭を動かしていた。


イルカがアスマと連れ立ってカカシの前から姿を消した後、アサギは怒りも露わにカカシを詰り受付所を飛び出していった。
一人残されたカカシは嵐が静まった後の受付所で淡々と報告書の処理をすると真っ直ぐに自分の部屋に戻った。
しかしそこには先程とは打って変って笑顔でカカシを迎え入れるアサギがいた。
怒り狂っていたのが嘘のように笑みを浮かべしなだれかかってくるアサギをカカシは苦笑しながら受け入れる。
自分とアサギは似たもの同士だ。
強かで自分の欲望に素直なアサギのような人間は、やはりカカシの肌に違和感なくしっくりと落ち着く。
カカシはろくな弁解もせずに纏わり付くアサギを好きにさせた。
どこか気だるい身体をベッドに投げ出せばアサギも無言でまだ萎えたままのカカシの性器をズボンの前だけ寛げて引きずり出した。
ムードもへったくれもない即物的な行為だ。しかし関係がこじれそうになった時、こうして肌を合わせる事が問題をうやむやにするには一番手っ取り早いとカカシもアサギも良く知っている。
じゅぶじゅぶと派手な水音を立ててアサギはカカシのペニスを吸い上げている。
だがいつもならすぐ力を持ち始めるカカシの雄は今日に限って沈黙を守りアサギの舌に嬲られながらも大人しくしている。
舌先を尖らせアサギはしきりにカカシの性器の先端の小穴を広げようとグリグリと押し付ける。その強い刺激にさえもカカシの雄は反応を示そうとしなかった。
「悪い。今日はそんな気分じゃない」
アサギの明るい色合いの髪をくしゃりと掻き混ぜ自分の上からどかそうとしてもアサギは構わずに口淫を続ける。
一心不乱にカカシのペニスにむしゃぶりついているアサギをカカシはぼんやりと眺めていた。

一度だけ、イルカにカカシの性器を口で愛撫させた事があった。
まだイルカの部屋に頻繁に通っていた頃の話。
あの時はしつこくカカシが強請り、半ば無理矢理にイルカの口内にカカシは自分の雄を捻じ込んだ。
明かりを消して欲しいというイルカの言葉は無視して、明るい照明の下でカカシはズボンの前を寛げて自分の性器を引きずり出した。
自分の眼前にカカシのものを突きつけられたイルカは身の置き場もないように身体を小さくさせた。何度も身体を繋げているというのに初々しく恥らうイルカにどうしようもないほど興奮した。
触りもしないのにまた一回り大きく伸び上がる性器にイルカは戸惑い、怯えてすらいたがカカシはぬめる先端を構わずイルカの肉厚の唇に押し当てそのまま強く腰を突き出した。
もっと舌を使えだの、奥まで呑み込めだの、勝手な事を言っていた覚えがある。
その度にイルカは羞恥に身悶えし、ぽろぽろと涙を零した。目を潤ませたまま見ないで欲しいとイルカは目で訴えていた。しかしイルカの口淫する様を一瞬でも見逃すまいとカカシは瞬きもせずにじっと凝視し続けた。カカシの視線に耐え切れなくなりイルカがきつく目を瞑ればまたぽろぽろと涙が零れた。
たどたどしく舌を動かすイルカに焦れて、その後はカカシはイルカの後口を好き勝手突き荒らすようにイルカの口を使った。
イルカの喉の奥に射精した時は、それは想像以上の快感でその一度の射精で満足するほどだった。

「カカシ、すごい。こんなに」
アサギが興奮して上擦った声を出す。
視界に影がかかりふと意識を戻すと、硬く張り詰めて天井を向いた自分のペニスにアサギがちょうど跨ろうとしていた。
違う、と。
そう思ってしまった。反射的に思ってしまったのだから自分でもどうしようもない。
カカシはまさに自分の上に腰を下ろそうとしていたアサギを無言で押しやった。
「カカシ?」
「悪い」
アサギは表情を消してじっとカカシを見つめていたが、口の端に小さく笑みを閃かせるとさっさとカカシの上から身体を引いた。
「アサギ」
「気にしないでよ。他にも相手いるし」
気持ちは既に切り替わっているらしい。アサギはカラリとカカシに向かって笑って見せた。
「やだなあ。謝んないでよ、俺達そんなんじゃないじゃん」
「・・・そうだな」
後腐れは一切ない。清々しいほどに。
アサギは手早く服の乱れを直すとベッドの上のカカシにはもう目もくれずに部屋を出ていってしまった。
情人との関係を終わらせるのはこのようにひどく簡単だ。
だがカカシの経験則に当てはまらない人間がはじめて現れたのだ。





翌日、アカデミーと受付所を繋ぐ廊下でイルカと会った。
アカデミーも受付所もイルカのテリトリー内で、カカシはイルカと会おうと思えばいとも容易く会える。
イルカは無言で軽くカカシに会釈すると何事もなかったようにカカシの脇を通り過ぎようとする。
しかし、ほんの一瞬イルカの目線はカカシの左隣に向けられる。今日はカカシはアサギを連れていない。今後もアサギを連れて歩く事は無いだろうが。
ほんの一瞬のイルカの目線の揺れをカカシは見逃さなかった。
目は口ほどにものを言う。イルカの様な人間であれば尚更。

イルカはまだ自分の事が好きだ。

「ねえ、イルカ先生」
イルカは答えない。イルカの足音が鳴る速度が早まる。
カカシは後ろ手にイルカの腕を掴んだ。それを力任せに自分の身体に引き寄せる。
ばさばさと音を立てて廊下にはイルカが抱えていた書類の束が散乱した。
イルカはこれ以上見開けないほどに大きく目を見開きカカシを見つめている。
「ねえ、イルカ先生」
後から後からカカシの中に湧き上がってくるこの感情はなんだろう。これが人を好きになるという事なのか。
なんて面倒な。正直カカシはそのように思う。
それでもイルカが何と言おうが、もう一度この腕の中でイルカを自分の思うように抱きたい。
別れた人間と寄りを戻した事など過去に一度もない。
それを思えばイルカに寄せるカカシの想いは特別な物だといえる。
自分の特別な感情を向けるのだからそれにイルカも応えてくれたっていいだろう?
カカシは本気でそう考えていた。
「ねえ、やっぱり好きです。俺んとこに戻ってきて?」
次の瞬間カカシの視界を占領したのはイルカの握り拳だった。
とっさに鼻の骨は避けたがイルカの握り拳とカカシの歯がぶつかる音が鈍く頭の中で響く。
「・・・ったぁー・・・」
口の中に塩辛いような鉄の味が広がる。確実に口内が切れている。
イルカはカカシを殴りつけた拳をまだ握ったまま、厳しい顔をしてカカシの前に立っていた。
「今お付き合いしている方はどうしたんです」
声音は硬い。まるでイルカの声ではないように聞こえる。
「ああ、昨日別れました。きちんと清算してきたし」
「・・・・そうですか」
瞬時に激昂して殴りかかってきたイルカと、今カカシの目の前にいるイルカはまるで別人だった。
まるで感情が見えない。
能面のように感情を消したままイルカが言った。


「なら、その恋人に土下座してもう一度拾ってもらいなさい。俺はもう、あんたなんかごめんです」











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